2012/04/25

雨後の…




ムフフ………
慈雨だなあ

さて、今宵のメニュー…
あ、あと宴会のローテーション…

2012/04/24

ハナニラ




白にほんのりとうすむらさき。

…が、ニラに非ず。

2012/04/13

さくら2012

今シーズンもたくさんの取材で撮った膨大な量のスキーシーン、メディアに焼くのもどうかと思い、編集部の守屋さん(仮名)に、HDD持参の上わざわざ鎌倉までお越しいただいた。
仕事には違いないが佐助庵にきたからには客人です。

客人を案内して、桜の下でちょいとおそい春爛漫の…。
とおもったら「シゴトですッ」としかられてしまった。
では、と酒も持たず桜を愛でに、いざ源氏山。


2012/04/11

春の野草



久しぶりに腰を落ちつけた佐助庵。
いつも帰るたびに冷え込んでいたのだが、ようやく暖かい鎌倉実感です。
開け放った戸から風に運ばれた桜の花びらが舞い込んできます。
源氏山の桜は金曜日あたりか。(希望)

ふと庭先に目をやれば点々と野草が花を咲かせています。
ムラサキケマン(紫華鬘)とスミレサイシン。


2012/04/09

井山敬介、笠をかぶる


井山デモ、熊の湯再撮影です。
朝いちで志賀高原の名峰、笠岳(2,076m)をバックにワンショット。



天候は落ち着いたとはいえ芳しくない。
テーマはコブの斜面。
曇り空ではあるがなんとか撮了です。
撮了直後の井山敬介。
こんなに嬉しそうな顔、見たことない。
2007シーズン、苗場で開催された技術選を初制覇したときは、晴れがましくも恥ずかしそうな笑顔だった。
敬介は明日からアラスカへ。ヘリスキーの撮影に入ります。

2012/04/06

山ァなめたらアカンでぇ

昨夜来の吹雪もやみ、快晴の熊の湯の朝。
足どりも軽くホテルを出てバーンに向かいます。
が、ものの15分としないうちに黒雲が空をおおい、山頂をガスがはしります。
間一髪、イメージシーンを取り終えてまたもやウェイティング。

やがて弱まった雪の合間をぬって撮影強行です。
なんとか基本的なショットは撮了したものの
10日にアラスカに出発予定の井山敬介デモを説き伏せて再撮決定。
ひとまず撤収、8日に再び熊の湯入山とあいなった。
悔いの残る撤収です。


2012/04/05

powder!

ガスがはしり、時折猛烈な吹雪に見舞われたきょうの熊の湯、
湿った雪の上に降り積もったパウダーだから滑りにくいことこの上ありません。
が名手3人、そんな悪条件もものともせずぞんぶんに処女雪をけ散らします。

勢い余って超エクスプロージョン。
はて?このデモがだれだったのか…。
呑んじゃった後だから
今となってはすっかり記憶にない。

2012/04/04

吹雪


嵐が去ってきょうの熊の湯、濃霧がはしり吹雪模様。

ウム、これは明日のパウダーが楽しみだ。

取材はいよいよ佳境に入り、
柏木義之、井山敬介、山田卓也、名手たち三者三様のスキーシーンを特撮です。


2012/04/03

強風襲来


日本列島を時ならぬ強風が襲いました。
熊の湯とて例外ではありません。
朝から強風のためにリフトがたびたび中断、とうとう午後からは全面運休となってしまった。






が、やむを得ぬ事情で、熊の湯リフトに無理なお願いをして、スノーモービルでのぼり、無人のバーンで撮影強行です。
横なぐりの湿った雪の中を山田卓也デモは、いやな顔一つもみせず何度も滑ってくれた。


もちろんカメラもレンズもずぶ濡れです。
撮影終了後、速攻で熊の湯ホテルに帰館
機材を空気の乾いている部屋に安置するのもそこそこに硫黄の香り漂う温泉へ。
・・・・・・・・
極上のいっときです。

  熊の子の
    けがして
      足を洗えるが
   開祖といひて
       伝はるいでゆ   - 与謝野晶子 熊の湯を詠んで -

2012/04/02

霧氷

快晴の熊の湯。
白樺の木にさいた霧氷に目をうばわれます。
ハイシーズンとほとんど変わりはないしまったバーンでデモたちのトレーニングに熱気が入ります。




往年のデモ佐藤富朗さんと現役を引退したばかりの渡辺一樹。長野県スキー連盟の大先輩と後輩ということになるか。
丸山貴雄も、松沢聖佳も、長野県の若いデモたちは、まず富朗さんに丁重に挨拶をしてから雪上に出ます。

2012/04/01

エイプリルフール?

舞台は変わって志賀高原熊の湯。
4月に入ったというのに気温はマイナスです。
雪が舞い、ちょっとコースを外れるとフワッフワのパウダー。
エイプリルフールでもなんでもありません。
久しぶりの熊の湯
いつもお世話になっているスキー場のヌシ、佐藤富朗さんと久しぶりに再会できたのがなによりもうれしかった。
きょうから5日間、さてどんなシーンが待ち受けているのだろう。

2012/03/31

丸山仁也さん



白馬では岡田利修選手、米丘友明選手の撮影です。

撮影中懐かしいスキーヤーに遭遇した。
雪上でお会いするのは久しぶり。
八方、ヴァイザーホフ八平の丸山仁也さん。
言わずと知れた史上初の全日本アルペン三冠王。
雪の上でこんなに楽しそうな仁也さん、初めてです。

2012/03/28

スイセン




やわらかい陽気に誘われて庭に出てみれば
いつの間にか……
花もさることながら、新鮮なみどりに目をうばわれます。














明日入山なのにきょうの白馬は雪降りらしい。
白馬の後は志賀高原熊ノ湯へ。
雪を求めてドサまわりは続きます。

2012/03/23

千曲川遠望

野尻湖の向こうの山あいに千曲川からわき上がるもやが流れています。
どうしたことかことしは春一番はなかった、と。

妙高赤倉で「カネジン」ことかつての名デモ金子裕之さんと
三期目に入ったばかりの現役青木哲也、新旧デモの撮影です。
信じられないことにこの時季、パウダーエクスプロージョンも収めることができた。
与えられたテーマもメリハリのきいた名手二人のパフォーマンスでつつがなく撮了。

帰り着いた鎌倉に冷たい雨が降り続いています。
photo by Kieko Moriya


2012/03/14

369日

あれから1年。
ことしもまた昨年と同様白馬で技術選の取材だった。
その時刻はちょうど技術選の勝者を称える表彰式。
男子は地元の丸山貴雄が三連覇を果たし
女子の勝者は奇しくも福島県スキー連盟所属の兼子佳代選手。
悲願の技術選初制覇です。
優勝インタビューでは大震災に触れて
「この優勝でスキーをとおして被災された方たちが少しでも元気づいてもらえれば…」と、故郷の空に向けて控えめに応援のメッセージ。
そう、被災地も、被災された方々の心情も、1年前となにも変わってはいない。
相も変わらず政治家と官僚と大会社のエゴに満ちたゲームが続くばかりです。
大会を通じて選手たちを悩ませた湿雪と濃霧は、未だ苦しみ続けている北国の涙雨だったのかもしれません。

技術選がおわり、悲喜こもごものデモ選の取材を終えてひさしぶりの鎌倉帰参。
春の気配はまだありません。

あれから369日、か……。

2012/03/01

あさもや



大雪におおわれ混乱を極める厳寒の大都会をよそに続く雪上取材。
3月に入ったきょうはようやく春がもどってきたようなのどかな朝です。
千曲川から立ち上ったもやが幻想的な世界をおりなします。


2012/02/09

稲村ヶ崎から

寒い一日だったがクリアな空気に誘われて稲村ヶ崎。
つぎつぎと雲が流れてゆく。







きょうは大島もくっきりです。
大島の右手にうっすらとみえる三角の島は利島でしょうか。

2012/02/08

梅は咲いたか − 長谷寺 −

梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳なよなよ風次第
山吹ゃ浮気で 色ばっかり しょんがいな〜(江戸端唄)



きのうは暖かい朝だった。
そろそろかなと思って長谷寺へ。
が、梅はまだ一輪、二輪…。
すこし早すぎたようです。


黄色い花は素心蝋梅(ソシンロウバイ)
枝ぶりもさることながら
名前に梅がついているから
てっきり梅の一種かと思ったら
どうやら違うよう。
初詣にきたときも咲いていた。








放生池には福寿草と水仙。

2012/02/03

根子岳と四阿山

未曾有の冷気に覆われたきのうの日本列島とはうってかわって今日は最高のスキー日和。
湯浅選手も密度の濃い滑り込みに気合いが入ります。

左:根子岳。2207m。かつてはヘリスキーのメッカだった。花の百名山の一つだそうです。
右:四阿山(あずまやさん)またの名を吾妻山(あがつまやま)。2354m。日本百名山。

2012/02/02

湯浅なう

激痛に耐えてハーネンカムSLで20位に入った湯浅、火事場のナントカではないんだろうけど、2日おいたシュラートミンクではなんと5位入賞。
いかに所用があったとはいえ、現場をおさえられなかったのは残念だった。
負け惜しみをいうわけじゃないが、湯浅は5位に甘んじる男じゃない
ターゲットはワールドカップ優勝にきまってる。
その時はきっと………!

懺悔の意味合いも込めて、いま某所でトレーニング中の湯浅を撮影しています。
痛みはあるのだろうけど、ケガの影響はあまりなく
リズムにのった滑りっぷりで、短いトレーニングセットなのに、生きのよい若手選手を3秒以上離す軽やかなポールさばき。

トレーニングコースから浅間山。

2012/01/24

古豪vs新興 − ハーネンカム・スラローム −(訂正

国内で所用があってやむを得ずハーネンカム・スラロームを最後にサーキット撤収です。
チューリヒでは某スキー誌編集長の旧来の知人宅にお願いして一泊。スイス人のご主人、次男、それにシベリアンとベンガル、2匹の猫が暮らすチューリヒ郊外にある広々とした邸宅でひさしぶりにのんびりおちつくことができました。
翌月曜日早朝にチューリヒを発ってフランクフルト経由、ANAの最新鋭機 Boing787 で羽田着。国際線で羽田帰着は初めてです。
787は最新鋭機だけあって乗り心地抜群。エコノミーでも座席は足を組めるくらいにゆとりがあって、PC用電源も各座席についている。なんとシャワートイレ装備です。
長旅でいいかげんヨレていたからアップグレードしようと思ったら、ANAの係員が「今日はすいていて、お客さまの横一列があいていますよ。ご自由にどうぞ」と。あ、それならとエコノミーのままチェックインしたら、後方からドヤドヤと移動してきたおばさんグループに乗っ取られてしまった。ま、座席がゆったりしてるからいいか。

…と極楽とんぼで空の上をとんでいたら、どうやら地上では怨念の紛争勃発のようです。
事の発端はイヴィーツァ・コステリッチの母国、クロアチアのザグレブで開催されたスラローム。オーストリアのマルセル・ヒルシャーが優勝し、ドイツのクリスチァン(お詫び:うっかり父親の名前を書いてしまいました)フェリクス・ノイロイター2位、コステリッチは3位に終わってしまったのだが、ここにいたってクロアチアスキー連盟が、ヒルシャーとノイロイターは片半だったと、ビデオや写真を証拠として問題を提起してきたのです。とりわけ矛先はザグレブ後に行われたアーデルボーデン回転でも優勝したヒルシャーに向けられていて、アーデルボーデンでも片半の事実はあった、と。さらにはこのハーネンカムの1本目も怪しい…と言い出したものだから、FISのチーフディレクター、ギュンター・フヤラも静観するわけには行かず、ハーネンカム1本目の問題旗門の写真を急遽プリントアウト、2本目のインスペクション時にコース上の各国チームのコーチに対し汗だくになって事情説明です。

昨シーズン終盤を棒に振ったケガから回復し、今季絶好調のマルセル・ヒルシャーが滑りのスタイルを変えたことは間違いありません。より先鋭的、直線的なコース取りをするようになった。ハーネンカムまで回転7戦3勝。だが、ラウバーホルンでは明確な片半、ハーネンカムでも2本目にまたもや片半で失格となった。

フヤラはさらにはシュラートミンクでもビデオを駆使して記者会見を開いて釈明に大わらわ。
古豪オーストリア対新興クロアチア。この騒動、まだまだ尾を引きそうな予感がします。

ハーネンカムレースのファイナル、回転の優勝をもぎ取ったのはイタリアのクリスチァン・デヴィレ。苦節10シーズン目にしてWC初制覇。2位にマリオ・マット。コステリッチは3位。
2日間の滑降と回転を併せたコンバインドは滑降50位だったコステリッチが回転で逆転優勝。時の人、スイスのベアト・フォイツが回転でもがんばって2位に飛び込み、シルヴァン・ツルブリッゲン3位。スヴィンダル10位、ミラー回転1本目コースアウト。

2012/01/21

もったいない… − ハーネンカム滑降 −

土曜日の今日はハーネンカムレースのメインイベント、ダウンヒルです。
朝焼けが美しい。

レース開始前には湿った雪が本格的に降り始めたのだが、定刻通りにスタートです。

伝統のハーネンカム滑降、勝ったのは老練ディディエ・キューシュ。
これでシュトライフを制すること5回目。スーパーGも加えれば6回目です。
19日に今季限りの引退を正式に発表したばかり。
まだ十分に勝つパワーがあるというのに、余力を残しての引退ですか…。
なにか日本人の琴線に触れる決断ではあるけれど
それにしても「もったいない…」のひと言ですね。
スイスチームの頼もしいニューカマー、ベアト・フォイツ。シュトライフではフルアタックはしない、と語っていましたが、6位入賞。

スイスから来た村人たちの楽隊もゴールエリアで大騒ぎです。

2012/01/20

アールベルクのライオン

ワールドカップ創生期、フランスのジャン・クロード・キリーと覇を競った名選手、アールベルクのライオンことカール・シュランツさんも新聞社のコラムニストとしてプレスセンターに。
フォトグラファーの薬師洋行さんと。

雪降り…

昨夜来の雨が湿った雪に変わって降り止まず、やがて大きなぼたん雪。
ハーネンカムレース緒戦スーパーGは中止となり、月曜日に順延は無し。


2012/01/19

メディアディナー

今夜はキッツビューエルスキークラブ主催のメディアディナーにご招待。
スライスしたパンケーキ入りコンソメ、詰め物をした子牛の胸肉のローストに温野菜を添えて、チョコレートケーキにホィップクリーム、エスプレッソ、ビール、ワイン………シュナップス