2011/06/13

ととのいました


ここしばらくはけっこうな梅雨模様。雨に濡れて佐助庵周辺の額あじさいと姫あじさい、だいぶ色づいてきました。
もう間もなくすれば色合いもより深くなって最高の見頃になるのではないかと。

2011/06/12

もろもろのこと

BlackBerry
この週末は中、高校時にお世話になった叔父の二十三回忌法要。
ついでというわけではないが、久しぶりに従兄の寺に祀ってある母の墓参り。墓碑銘は「薫」。今は白馬で暮らす上司だった元編集長、号「三草」さんにお願いして書してもらったのです。

上越市にある従兄の寺は真宗大谷派。当の従兄である住職は仏事とは関係ない講演会とやらで外出中、かわりに大黒にありがたいお経をあげてもらったのでした。で、夕食後、雪中梅で一杯やりながら従兄となにげなしに話してみると、なんと!寺があまたある鎌倉に真宗大谷派のお寺はひとつもないのですね。これには驚きました。
調べてみると長谷寺や大仏様の高徳院は浄土宗、成就院は真言宗大覚寺派、明月院は臨済宗建長寺派などなど…。またひとつ賢くなりました。

ところで、先週末突然の悲報が届きました。
時折雪上で一緒になるフォトグラファー、渡辺正和さんが長良川で撮影中に川に流され、亡くなったのです。56歳だった。まだまだ撮りたいものがたくさんあっただろうに…。
自分もそうなのですが、ファインダーをのぞいている時はついつい周囲の危険な情況を軽く見てしまうのですね。白馬でスキーヤーと接触した時もそうだった。ギリギリまでシャッターを押すことに気合が入ってしまうのです。瞬間にこだわるフォトグラファーの性(さが)かもしれません。
つい2週間ほど前だったか、用をたしに家を出た時に、東日本大震災のチャリティ写真展のことでメンバーといっしょに鎌倉に来ていた正和さんと、若宮大路の路上でバッタリ顔を合わせたのが最後になってしまいました。
最初で最後、雪のない季節の邂逅だった。

2011/06/08

あじさい − 成就院 −

久しぶりの梅雨空に誘われてあじさいハンティング。
きょうはインスペクションといったところかな。
見頃になるにはあと一週間ほど必要かと。

向かったのは極楽寺坂切通し、成就院から虚空蔵堂。
参道から、色づき始めたあじさいの向こうに見えるのは材木座海岸でしょうか。
ご本尊、不動明王のかッと見開いた右の目に心の中まで見透かされているような気持ちにさせられます。

2011/06/07

ン?!

梅雨らしくないですね。

そろそろ庭先の草とりをしないと収拾がつかなくなるのだが、なかなかね。
ちょっとだけ草をとるか、と重い腰をあげて庭に出てみれば何やら小さい赤い実が。
お、野いちごか、と。
で、手を出す前にネットで調べてみると、これは「ヘビイチゴ」と何やら毒々しい名前。一応食べられるんだそうですよ。
でもまあ名前にビビったわけではないが…口にいれるのは遠慮しておくか。

家庭菜園などとてもとてもという飽きっぽい性格。
だから庭先に出てくるもので食べられるものといえばタケノコだけなんですね。
食い意地がはってるくせに。

よしッ、草とりはまたそのうちに…。

2011/05/31

五月晴れ(さつきばれ)

爽やかな「薫風」「五月晴れ」といえるのは今日が最後。
あすからは「梅雨の合間の晴れ」ということになるのかな。

庭の「墨田の花火」、もうちょっとです。

2011/05/28

五月雨(さみだれ)

きのう梅雨入りしたと。
ずいぶん早いね。
ホントカナ…

雨にぬれてけさのあじさい。
色づくのはこれからです。

2011/05/26

イイカゲンニシナサイ

昨夕はシーズン中の取材現場で親しい通信社、新聞社の運動部の面々、それにフォトグラファーと飲み会だった。場所はいわずとしれた門前仲町「司」。女将の実家が築地市場で店をやってるからとびきりのさかなが出てきます。ワイワイとスキーのはなしで夜がふけるまで酒がすすみます。
みんな心底取材現場が好きなんだよね。
Photo by おかみさん

この夜も帰宅は終電にギリギリセーフ。
おいしい酒の後は電車の中で爆睡しちゃって乗り過ごすのが常です。いつのことだったか、車掌に起こされてヨロヨロと照明の消えたホームに降り立ったら「富士登山口方面はこちら」なんていう看板。一気に酔いが覚めたのはいうまでもありません。
今までの主だった実績を列記しますと、横須賀、久里浜、小田原、数々の名も知らぬ駅。ひとつ先の駅、逗子駅はもはや常連です。が、幸いに今宵の電車は満席。最後まで我慢して吊革につかまって直立不動。無事帰還を果たせたのでした。

ところで…、恥ずかしながらわたくし、きのこ類に次ぐ第二の天敵が魚の卵類。いくらはもとより、数の子、カラスミ、明太子…などなど、加えてウニも全てアウト。だから友人知人は競って自分を寿司屋につれてゆこうとする。理由はいわずもがな、ですね。
けれども以前司でいただいたフグの白子は全く別物だった。それはそれは葉山牛の霜降りを食したのかと思うほどの美味な一品。口の中でとろける至福の味わい、これはやみつきになりました。
それともうひとつ。第一天敵は確かにきのこなのですが、トリュフだけは別。そのかぐわしい香りが口にひろがって肉や魚を一段と味わい深くしてくれる。
というわけでまわりの友人に言わせると「イイカゲンニシロ、コノヤロ」ということになっちゃうんですね。

2011/05/20

洋ラン

春の色あざやかにオンシディウム。
ご近所の花や、石渡さん(仮名)にいただきました。
いつもいつもありがたいことです。

ちょうど佐助庵でブツ撮り(スキーやブーツなど、ニューモデルの商品撮影ですね)のさ中。ライティングのテストを兼ねて。

2011/05/18

gentle on your eyes.

いいなあ・・・。

青葉がまぶしい季節になりました。

2011/05/13

家守

おーッと、ダイニングテーブルにおいたノートからちょいと離れて戻ってみれば、ヤモリくんがモニタに見入っています。なに見てんでしょうね。

冬眠から覚めて家の中に紛れ込んだ親ヤモリが生んだばかりの子供でしょうか、だから怖いもの知らず。最近家の中をあちこち動きまわってるんだよ。これから家の中に紛れ込んだ虫をドンドン食べつくして、このあばら家を守ってくれるとありがたい。

まだ小さくて愛嬌のある子供だけれど、気の弱い人は写真クリックしちゃダメだよ。


2011/05/04

やまつつじ

ツツジの甘いかほりにミツバチが…。
そういえば子供の頃、ツツジの花びらを口に含んでほんのりと甘い蜜を味わったことがあった。
小さくダイヤモンドのように見えるのは雌しべでしょうか。













ショックピンクが刺激的。
なのでちょいと補正を。
いかがでしょう。
でもね、色は最初の写真のほうが正解。

2011/04/29

お・・・

でたな
豊作、豊作
さて、宴会の準備を…

2011/04/22

そろりと…

たけのこ、そろそろかな、と居間から竹林をみやればたぬきの母子が遊んでいます。
警戒しつつなんとなくこちらをうかがっている様子がかわいいね。
以前たぬきの兄弟と書いたのだが、どうやら母子のようです。
夏バージョンに向けて、いまは抜け毛の季節なのでしょうか。
ソロ〜リと500ミリをセットしてドアップで。2年ぶりに撮影成功せり。


たぬきが脱兎のごとく逃げ出したと思ったらキジバトファミリー一行のご訪問です。
こちらの方々はわりと人なれしているから、今度はレンズを300ミリに着け替えて。

2011/04/16

白馬三山

連日の快晴で撮影もとどこおりなく終了です。

いつもはスキーヤーをフレームにおさめるのが精一杯なのだが、快晴の青空に誘われてつい遠望を。

恥ずかしながら、八方で山の写真ッ、と心して撮ったのは初めてです。
といっても麓の農道を散歩がてらのスナップショットですけどね。
数年前の3月、オーストリアのリッチー・ベルガーというスキーの名手と唐松岳までスキーをかついで登って撮影したことがあるのだけれど、その時でさえ山の写真をじっくりと撮らなかった。山はあくまでもスキーヤーの背景にすぎなかった。

いまになってことさら山のすがたが目に入ってくるというのは歳をとった証拠なのでしょうか…。
白馬三山 白馬鑓ヶ岳 - 杓子岳 - 白馬岳
五竜岳 / 武田菱

2011/04/14

セ レ ド・ピーカン

白馬・八方、雲ひとつなく、風も爽やか。
よって終日半袖でひとしごと。
ただし、暖かいから雪の情況はそれなりに…。
兎平

2011/04/13

白馬 八方

天気は最高なのだが…風が強かった。
ご覧のとおり白馬はまだまだやる気満々。
黒菱大斜面

白馬鑓ヶ岳

2011/04/10

木瓜の花

ボケの花、ですね。   − 建長寺 −

建長寺 仏像三体

丈六地蔵菩薩坐像 千手観音像 仏陀苦行像

建長寺山門 ( 7/1追記


− 7/1 追記 −
建長寺「三門」である、と指摘されましたが「山門」とも言います。実際に目にして、フレームにおさめたその時の自分の心のなかでは、やはり「山門」であると。ゆえに「建長寺山門」と記しました。

花盗人

- 源氏池 -

立てば芍薬

大震災で奮闘した宮古に実家のある友人の慰労をかねて鎌倉へ招待。
客人を案内して鶴岡八幡宮 源氏池、ぼたん庭園。




2011/04/07

さくら

そろそろかな…と陽気に誘われて源氏山公園へ。

さくらはまだ五分咲き、といったところか。
乙女ツバキが今をさかりと咲きほこっています。
椋鳥がついばんでいるのは落花したツバキの花びらでしょうか。


2011/04/06

ノブさんからの電話

1989 WM - Vail/Beaver Creek
ノブさんから突然の電話。
聞けば今日から志賀高原の熊の湯でナショナルデモの合宿だそうです。
ノブさんとは他でもないSAJ教育本部の森信之さん。WCサーキットで活躍していた頃からデモの時代を経て今に至る二十年余のつきあい。ストラットンマウンテンスクールで培ったスキーセンスと相まって、ジャパンチームの中でもとりわけクールなスラローマーだった。

で、電話というのが先だっての技術選の一件。
けがのぐあいはどうですか、と聞かれた後、自分にスキーが接触したあの選手と電話をかわったのです。斉藤人之選手。バリバリのナショナルデモ。こちらが恐縮するほどに丁重にわびを入れられたのでした。
でもね、そこまで言われたらこちらも申し上げますが、自分と接触したがためにスキーが外れて転倒してしまったと。そのために斉藤選手のランクを大幅に落としてしまったと。
謝らなければならないのはこちらの方です。

そうだったのか。斉藤選手だったのか…。
なので、改めて写真をチェックしてみると、ご覧のとおり斉藤選手の顔がアップになるまでシャッターを押していた。すぐさま雪煙からカメラを保護したのだが、このショットの百分の何秒かの後スキーが自分の背中に接触したんだな…。

2011/03/30

原発異聞(怒

先日の取材で苗場の宿に入ったときの出来事。
駐車場に福島ナンバーの小型車が二台並んでいます。到底スキーを楽しみに来たとはおもえない作業用の小型車です。ロビーに入ると囲炉裏では二組の子供連れの若い夫婦がくつろいでいます。「あ、家族旅行か、楽しそうだな…」とおもって様子をうかがっていたのです。ですがその家族は快晴の朝になってもスキーに出かける素振りさえなく、こちらが取材から帰ってきたときもスキーを楽しんだ様子も見当たりません。

聞けば福島原発の放射能汚染から避難してきた家族なのでした。スキー場の宿泊施設に分散しての避難です。とりあえず住むところは無事だった。が、大気が汚染されているためそこで生活してゆくことはできない。仕事をすることもできない。なにげない家族団らんの風景。けれども、何かしなければならないのに、なにもしないで一日を送らねばならない若夫婦の不安と苦悩はいかばかりなんだろう。ここでもまた、現実を目のあたりにしながら、なにも手助けさえすることのできない無力な自分がいたのでした。

寒い日と暖かい日が一進一退でせめぎあっています。
庭先でいつの間にかラッパ水仙が風に揺らいでいる。
春はこれからです。

2011/03/25

岡田利修と吉岡大輔

スプリング ハズ カム。
春がスキップしてやってきます。早く暖かくなって避難している方々が暮らしやすい気候になってほしいですね。
雪はふんだんにあるけれど、いろいろな事情ですでにクローズしてしまったスキー場も少なくありません。スキーをメインに撮影するフォトグラファーにとっては、けれども「ハイ、ソウデスカ」というわけにもいかない。天候が安定して、技術選を消化したスキーヤーたちのスケジュールに余裕がある今こそ絶好の撮影シーズンといえましょう。後ろめたさを一身に感じながらも雪上の撮影は続きます。

撮影したスキーヤーは、15日からは岡田利修選手、そして22日からは吉岡大輔選手。全日本スキー技術選手権で常にトップをうかがおうというライバル同士です。
ふたりを初めてフレームにおさめたのはまだアルペンスキーのWCサーキットを舞台に活躍していた頃。岡田利修は2006年のラウバーホルンとハーネンカムのスラロームで、吉岡大輔は2005年ボルミオの世界選手権と翌年のトリノ冬季五輪の大回転で、それぞれフレームにおさめることができたのでした。もちろんつきあいはあくまでもレンズを通してのみ。目が合えば目礼する程度だった。

巡りめぐってふたりとも現在は「技術選」を舞台に切磋琢磨するスキーヤーへと変貌を遂げました。周知のように今シーズンの技術選は東北関東大震災で犠牲に遭われた方々に弔意を表し準決勝で中止となり、その時点で総合成績も決定してしまった。
奇しくも利修と大輔は仲良く肩をならべて5位タイ。種目別では利修はフリー(総合滑降)で1位に、大輔は整地大回りでトップを奪取した。総合優勝も十分に視野に捉えた好位置だっただけに大会の中止はさぞ残念だったろうと思います。が、ふたりともそんなことはおくびにも出さず、ときならぬ大雪の降る悪雪のバーンで、白いじゅうたんを敷き詰めたような快晴のバーンで、日が暮れるまで見事なスキーテクニックを存分に披露してくれたのでした。さすが歴戦のスキー巧者です。おかげで撮影も順調に消化。フォトグラファー冥利につきる取材行だった。

2011/03/13

全日本スキー技術選手権は中止( 3/21 追記

なによりも被災された方にお見舞いを申し上げなければいけません。
どうか心を強く持って復興に励んでいただきたいと切に思います。
今の自分にはひとりでも多くの方々の無事を祈ることしかできない。

宮古市に実家がある友人がいます。
父親は無事が確認されたのですが、お母さんとはいまだ連絡が取れていないそうです。彼女は現在新潟を回って秋田経由で宮古に入ろうと懸命の努力を続けています。
どうか家族のみんなが無事であって欲しいと。

雪山で取材をしているといつもこうした悲痛なニュースを山の中で知らされます。
阪神大震災の時はイタリアのコルティナ・ダムペッツォでワールドカップの取材中。ホテルでの朝食時にイタリア人の夫婦から知らされました。早口のイタリア語ですから最初はなんのことかさっぱりわからない。慌ててプレスセンターに入ってようやく悲惨な情況が判断できたのでした。
ダイアナさんの事故の時は帰国前夜、奇しくもNZのクライストチャーチにいました。先の地震で崩壊した大聖堂の右手にあるホテルに宿泊し、朝、タクシーで空港への道中、ふと気がつくと街の主だった施設にひるがえっている国旗がどこも半旗だったのです。空港に着いて警備中の警官に聞いてみると「プリンセス・ダイアナが…」と悲痛な表情です。
そして0911NYテロ。このときはやはりNZのマウントハットにいました。麓のメスヴェンに下山してTVをみると「ニュージーランドの人々がNYで数十人死亡…」とブレーキングニュースで流れています。映像を見続けているうちに悲惨なテロだったと思い知らされました。

11日の大震災は八方で。
雪の上で動き回っているから地震があったことは全然気がつかなかった。ふと他の用があって携帯でダイヤルすると何度かけても「接続失敗」のメッセージ。レース後にゴールエリアまでおりてようやく地震のニュースを知ったのでした。














全日本スキー連盟の迅速な判断で、大会は準決勝までの成績をもって結果とすることになり、即日中止という決定がなされました。一年間、さまざまな思いを持ってこの大会に照準を合わせてきた選手たちの悔しい気持は痛いほど理解できます。大会前から苦心惨澹見事な競技バーンをつくりあげた白馬のスタッフの気持ちはいかばかりだったか。が、「中止」というSAJの決定もまたきわめて妥当であったと、心底理解できます。選手たちはまた一年、雪辱の悔しい思いをもって来シーズンこそ決勝なんだとトレーニングを積み重ねていかねばならない。

でもね、そうした気持ちの持続こそ素晴らしい結果につながるのではないかと思いませんか。

佐助庵に帰りついてじっとTVを見続けていると、被災された方々の惨状が繰り返し映しだされます。涙がとまりません。男のくせにとお思いでしょう。どうかお笑いください。

<3/21 追記>
グッドニュースとバッドニュース。
宮古の友人のお母さん、無事だったと知らせあり。実家が高台にあったから津波に流されずにすんだと。
ですが、宮城県の角田市に住んでいる友人の家は罹災。かつて一緒に仕事をした仲間です。寒さにうち震える二人のお嬢ちゃんを連れて実家のある猪苗代経由でようやく妙高の親戚宅に避難した様子。彼女も家族は全員無事だった。そのことが何よりもうれしい知らせだった。

2011/03/10

宙を飛んだスキー(改

全日本スキー技術選手権大会。迎えて48回目の大会、白馬、八方での開催です。
いよいよ本選に入り、今日はクォーターファイナル。
朝方の猛烈な雪降りもどこへやら、天候はすっかり回復しました。
セントラルコースでの急斜面整地小回り。…のはずだったのですが、昨夜来の雪でコースバーンはかなり柔らかくなっていて、ちょっとした悪雪急斜面のショートターン。さすがは地方予選を勝ち抜いてきた名手ばかり。全員なんの苦も無く雪面情況に合わせゴールしてゆきました。たった一人を除いて…。
その選手はコースサイドのネット際を勢いのある小回りでおりてきました。が、柔らかいコースにスキーをとられてバランスを崩し、転倒。そのあおりでスキーが外れ、こともあろうにコースの外にいた自分めがけて宙を飛んできたのでした。とっさの判断でカメラを守るのが精一杯。主を失ったスキーは背中に激突し、その選手のスキーはウェアはおろかアンダージャケットまでエッジで切り裂いたのです。幸いにしてからだはちょっとした打撲だけですみましたから、レース後は宿に帰って温泉で消毒、ついでに口の中もビールで消毒したのでした。

ー追記ー
知人のフォトグラファー、マッシーこと真嶋和隆さんがその瞬間の写真を送ってくれました。これをみるとどうやら自分にあたった後スキーがはずれて宙を舞ったと。
ウェアがクッションになって、極めて軽い打撲ですみました。心配をおかけしました。

photo by Kazutaka Mashima

2011/03/07

雪の朝

朝、目を覚まして窓をみやれば雨がしのついています。
このところしばらく真冬の寒気が続いていたのだが、今朝はいくぶんやわらかい寒さ。
きっと南からきた雨なのか、とおもったらいきなり雪になりました。
鎌倉はすっかり雪模様です。

これから山へ入るというのに・・・

2011/03/05

痛恨の・・・

アルペンスキー世界選手権の余韻も去り、サーキットはすでにブルガリア、バンスコでのレースを消化、今日からスロヴェニアのクラニスカ・ゴーラで大回転と回転のレースが始まります。総合優勝を見据えたイヴィーツァ・コステリッチのコンディションや如何に。さらに湯浅選手が最終戦に出場する資格を得る最後のチャンスゆえはなはだ興味深いレース。が、残念ながら白馬で全日本スキー技術選の撮影に入らねばなりません。

きょうは自戒の意味を込めて痛恨のショットを…
大会2日目の男子スーパーG。ポジションフィックス。FISチェッククリア。定刻通りにレース開始。レーサーたちは順調に、意図した通りにファインダーをよぎってくれます。が、12番スタートのボーディ・ミラーが過ぎたとき突然森の後ろから太陽が姿を現しました。それはそれは見事な真逆光。高速系のレース中だからコース内の移動は厳禁です。2位のハンネス・ライヒェルトはかろうじてセーフだった。が、優勝したクリストフ・インナーホファーはアウト。写真は3位に入ったイヴィーツァ・コステリッチ。これでも自分の持てるスキルを尽くして補正したのだが…。
逆光といえば、2年後に世界選手権の開催されるシュラートミンクも逆光の名所。現在はワールドカップの開催は唯一ナイトレースだけだから気にもしなかったのだが、これは要注意だな。

2011/03/01

復帰宣言

バーゼル在住の畠山喜代子さんからのニュース。

先日幕を閉じた世界選手権において突如滑降とスーパーコンバインドをキャンセルしたカルロ・ヤンカですが、2月22日に心臓カテーテルでラジオ周波による脈拍の調整という手術を受け、経過もよく目下リハビリ中ですが、この週末のクラニスカゴーラには出場のプランとか。
また、カンダハーで開催されたチームイヴェントで靭帯断裂の重症を負ったベンジャミン・ライヒは来季は復帰すると宣言したそうです。

ひるがえって日本のエース、佐々木明。けがをひきずったまま、先週末にブルガリアのバンスコで開催されたワールドカップ回転に出場しました。どんな事情があるのかはうかがい知れませんが、オーストリア、スイスの両エースのように、けがを完治して力強い復帰宣言を聞きたいものです。