2011/03/30

原発異聞(怒

先日の取材で苗場の宿に入ったときの出来事。
駐車場に福島ナンバーの小型車が二台並んでいます。到底スキーを楽しみに来たとはおもえない作業用の小型車です。ロビーに入ると囲炉裏では二組の子供連れの若い夫婦がくつろいでいます。「あ、家族旅行か、楽しそうだな…」とおもって様子をうかがっていたのです。ですがその家族は快晴の朝になってもスキーに出かける素振りさえなく、こちらが取材から帰ってきたときもスキーを楽しんだ様子も見当たりません。

聞けば福島原発の放射能汚染から避難してきた家族なのでした。スキー場の宿泊施設に分散しての避難です。とりあえず住むところは無事だった。が、大気が汚染されているためそこで生活してゆくことはできない。仕事をすることもできない。なにげない家族団らんの風景。けれども、何かしなければならないのに、なにもしないで一日を送らねばならない若夫婦の不安と苦悩はいかばかりなんだろう。ここでもまた、現実を目のあたりにしながら、なにも手助けさえすることのできない無力な自分がいたのでした。

寒い日と暖かい日が一進一退でせめぎあっています。
庭先でいつの間にかラッパ水仙が風に揺らいでいる。
春はこれからです。

2011/03/25

岡田利修と吉岡大輔

スプリング ハズ カム。
春がスキップしてやってきます。早く暖かくなって避難している方々が暮らしやすい気候になってほしいですね。
雪はふんだんにあるけれど、いろいろな事情ですでにクローズしてしまったスキー場も少なくありません。スキーをメインに撮影するフォトグラファーにとっては、けれども「ハイ、ソウデスカ」というわけにもいかない。天候が安定して、技術選を消化したスキーヤーたちのスケジュールに余裕がある今こそ絶好の撮影シーズンといえましょう。後ろめたさを一身に感じながらも雪上の撮影は続きます。

撮影したスキーヤーは、15日からは岡田利修選手、そして22日からは吉岡大輔選手。全日本スキー技術選手権で常にトップをうかがおうというライバル同士です。
ふたりを初めてフレームにおさめたのはまだアルペンスキーのWCサーキットを舞台に活躍していた頃。岡田利修は2006年のラウバーホルンとハーネンカムのスラロームで、吉岡大輔は2005年ボルミオの世界選手権と翌年のトリノ冬季五輪の大回転で、それぞれフレームにおさめることができたのでした。もちろんつきあいはあくまでもレンズを通してのみ。目が合えば目礼する程度だった。

巡りめぐってふたりとも現在は「技術選」を舞台に切磋琢磨するスキーヤーへと変貌を遂げました。周知のように今シーズンの技術選は東北関東大震災で犠牲に遭われた方々に弔意を表し準決勝で中止となり、その時点で総合成績も決定してしまった。
奇しくも利修と大輔は仲良く肩をならべて5位タイ。種目別では利修はフリー(総合滑降)で1位に、大輔は整地大回りでトップを奪取した。総合優勝も十分に視野に捉えた好位置だっただけに大会の中止はさぞ残念だったろうと思います。が、ふたりともそんなことはおくびにも出さず、ときならぬ大雪の降る悪雪のバーンで、白いじゅうたんを敷き詰めたような快晴のバーンで、日が暮れるまで見事なスキーテクニックを存分に披露してくれたのでした。さすが歴戦のスキー巧者です。おかげで撮影も順調に消化。フォトグラファー冥利につきる取材行だった。

2011/03/13

全日本スキー技術選手権は中止( 3/21 追記

なによりも被災された方にお見舞いを申し上げなければいけません。
どうか心を強く持って復興に励んでいただきたいと切に思います。
今の自分にはひとりでも多くの方々の無事を祈ることしかできない。

宮古市に実家がある友人がいます。
父親は無事が確認されたのですが、お母さんとはいまだ連絡が取れていないそうです。彼女は現在新潟を回って秋田経由で宮古に入ろうと懸命の努力を続けています。
どうか家族のみんなが無事であって欲しいと。

雪山で取材をしているといつもこうした悲痛なニュースを山の中で知らされます。
阪神大震災の時はイタリアのコルティナ・ダムペッツォでワールドカップの取材中。ホテルでの朝食時にイタリア人の夫婦から知らされました。早口のイタリア語ですから最初はなんのことかさっぱりわからない。慌ててプレスセンターに入ってようやく悲惨な情況が判断できたのでした。
ダイアナさんの事故の時は帰国前夜、奇しくもNZのクライストチャーチにいました。先の地震で崩壊した大聖堂の右手にあるホテルに宿泊し、朝、タクシーで空港への道中、ふと気がつくと街の主だった施設にひるがえっている国旗がどこも半旗だったのです。空港に着いて警備中の警官に聞いてみると「プリンセス・ダイアナが…」と悲痛な表情です。
そして0911NYテロ。このときはやはりNZのマウントハットにいました。麓のメスヴェンに下山してTVをみると「ニュージーランドの人々がNYで数十人死亡…」とブレーキングニュースで流れています。映像を見続けているうちに悲惨なテロだったと思い知らされました。

11日の大震災は八方で。
雪の上で動き回っているから地震があったことは全然気がつかなかった。ふと他の用があって携帯でダイヤルすると何度かけても「接続失敗」のメッセージ。レース後にゴールエリアまでおりてようやく地震のニュースを知ったのでした。














全日本スキー連盟の迅速な判断で、大会は準決勝までの成績をもって結果とすることになり、即日中止という決定がなされました。一年間、さまざまな思いを持ってこの大会に照準を合わせてきた選手たちの悔しい気持は痛いほど理解できます。大会前から苦心惨澹見事な競技バーンをつくりあげた白馬のスタッフの気持ちはいかばかりだったか。が、「中止」というSAJの決定もまたきわめて妥当であったと、心底理解できます。選手たちはまた一年、雪辱の悔しい思いをもって来シーズンこそ決勝なんだとトレーニングを積み重ねていかねばならない。

でもね、そうした気持ちの持続こそ素晴らしい結果につながるのではないかと思いませんか。

佐助庵に帰りついてじっとTVを見続けていると、被災された方々の惨状が繰り返し映しだされます。涙がとまりません。男のくせにとお思いでしょう。どうかお笑いください。

<3/21 追記>
グッドニュースとバッドニュース。
宮古の友人のお母さん、無事だったと知らせあり。実家が高台にあったから津波に流されずにすんだと。
ですが、宮城県の角田市に住んでいる友人の家は罹災。かつて一緒に仕事をした仲間です。寒さにうち震える二人のお嬢ちゃんを連れて実家のある猪苗代経由でようやく妙高の親戚宅に避難した様子。彼女も家族は全員無事だった。そのことが何よりもうれしい知らせだった。

2011/03/10

宙を飛んだスキー(改

全日本スキー技術選手権大会。迎えて48回目の大会、白馬、八方での開催です。
いよいよ本選に入り、今日はクォーターファイナル。
朝方の猛烈な雪降りもどこへやら、天候はすっかり回復しました。
セントラルコースでの急斜面整地小回り。…のはずだったのですが、昨夜来の雪でコースバーンはかなり柔らかくなっていて、ちょっとした悪雪急斜面のショートターン。さすがは地方予選を勝ち抜いてきた名手ばかり。全員なんの苦も無く雪面情況に合わせゴールしてゆきました。たった一人を除いて…。
その選手はコースサイドのネット際を勢いのある小回りでおりてきました。が、柔らかいコースにスキーをとられてバランスを崩し、転倒。そのあおりでスキーが外れ、こともあろうにコースの外にいた自分めがけて宙を飛んできたのでした。とっさの判断でカメラを守るのが精一杯。主を失ったスキーは背中に激突し、その選手のスキーはウェアはおろかアンダージャケットまでエッジで切り裂いたのです。幸いにしてからだはちょっとした打撲だけですみましたから、レース後は宿に帰って温泉で消毒、ついでに口の中もビールで消毒したのでした。

ー追記ー
知人のフォトグラファー、マッシーこと真嶋和隆さんがその瞬間の写真を送ってくれました。これをみるとどうやら自分にあたった後スキーがはずれて宙を舞ったと。
ウェアがクッションになって、極めて軽い打撲ですみました。心配をおかけしました。

photo by Kazutaka Mashima

2011/03/07

雪の朝

朝、目を覚まして窓をみやれば雨がしのついています。
このところしばらく真冬の寒気が続いていたのだが、今朝はいくぶんやわらかい寒さ。
きっと南からきた雨なのか、とおもったらいきなり雪になりました。
鎌倉はすっかり雪模様です。

これから山へ入るというのに・・・

2011/03/05

痛恨の・・・

アルペンスキー世界選手権の余韻も去り、サーキットはすでにブルガリア、バンスコでのレースを消化、今日からスロヴェニアのクラニスカ・ゴーラで大回転と回転のレースが始まります。総合優勝を見据えたイヴィーツァ・コステリッチのコンディションや如何に。さらに湯浅選手が最終戦に出場する資格を得る最後のチャンスゆえはなはだ興味深いレース。が、残念ながら白馬で全日本スキー技術選の撮影に入らねばなりません。

きょうは自戒の意味を込めて痛恨のショットを…
大会2日目の男子スーパーG。ポジションフィックス。FISチェッククリア。定刻通りにレース開始。レーサーたちは順調に、意図した通りにファインダーをよぎってくれます。が、12番スタートのボーディ・ミラーが過ぎたとき突然森の後ろから太陽が姿を現しました。それはそれは見事な真逆光。高速系のレース中だからコース内の移動は厳禁です。2位のハンネス・ライヒェルトはかろうじてセーフだった。が、優勝したクリストフ・インナーホファーはアウト。写真は3位に入ったイヴィーツァ・コステリッチ。これでも自分の持てるスキルを尽くして補正したのだが…。
逆光といえば、2年後に世界選手権の開催されるシュラートミンクも逆光の名所。現在はワールドカップの開催は唯一ナイトレースだけだから気にもしなかったのだが、これは要注意だな。

2011/03/01

復帰宣言

バーゼル在住の畠山喜代子さんからのニュース。

先日幕を閉じた世界選手権において突如滑降とスーパーコンバインドをキャンセルしたカルロ・ヤンカですが、2月22日に心臓カテーテルでラジオ周波による脈拍の調整という手術を受け、経過もよく目下リハビリ中ですが、この週末のクラニスカゴーラには出場のプランとか。
また、カンダハーで開催されたチームイヴェントで靭帯断裂の重症を負ったベンジャミン・ライヒは来季は復帰すると宣言したそうです。

ひるがえって日本のエース、佐々木明。けがをひきずったまま、先週末にブルガリアのバンスコで開催されたワールドカップ回転に出場しました。どんな事情があるのかはうかがい知れませんが、オーストリア、スイスの両エースのように、けがを完治して力強い復帰宣言を聞きたいものです。

2011/02/28

春の雪


大会期間中、一片の雪も、ひと粒の雨もふらなかったガルミッシュ・パルテンキルヒェン。不思議なことに閉会式が終わるのを待ちきれないかのように雪が舞い降りてきました。翌朝にはご覧のとおりの銀世界。バイエルンのスキーリゾートはまだまだたくさんのスキーヤーたちで賑わうことでしょう。

写真正面にみえるDB(ドイツ鉄道)ガルミッシュ・パルテンキルヒェン駅からミュンヘンへ、そのまま空港に向かって一路日本をめざします。

レジェンズ

レジェンズシリーズもこれが最後。
ゴールエリアで中村実彦さんとなにやら談笑する往年の名ダウンヒラー、ベルンハルト・ルッシ。72札幌冬季五輪滑降の金メダリストです。長野冬季五輪の滑降コースを設計したことでも知られます。
右上の赤いウェアはドイツの生んだスピードレーサー、マルクス・ヴァスマイアー。85ボルミオ世界選手権大回転で金メダル、94リレハンメル冬季五輪スーパーGと大回転で二つの金メダルを獲得したゆえ大回転スペシャリストと勘違いしそうですが、実はサーキットでは一度も大回転で優勝していないんですね。(あ、隣の女性は関係ありません)
レジェンズ、最後の締めはパルテンキルヒェンの生んだ名スラローマー、クリスチァン・ノイロイターです。現役時代の写真を見ると実に貴公子然としたスラローマーだったのですが、歳月がここまで風貌を変えるのかと。ワールドカップサーキットでは回転に6勝しています。愛妻ロジ・ミッターマイヤーとの間に生まれたサラブレッドが今をときめくフェリクス・ノイロイターですね。

臥薪嘗胆

湯浅選手やってくれましたね。6位入賞。世界選手権の入賞記録を見ると1958年バドガシュタインで猪谷千春が銅メダルを獲得したとありますが、自分の取材した範囲では89ヴェイル世界選手権滑降で川端絵美が5位に飛びこんで以来、22年ぶりの快挙です。
ヤマハスキーを頭上にかざした絵美の目にはうっすらと涙がうかんでいたものでした。が、湯浅はカラッとしたものです。きっと本人にとってこの成績が不満だったのかもしれません。絶対にメダルをとりたいんだ、という気迫がファインダーごしに伝わってきましたからね。湯浅についてはバンクーバー冬季五輪への出場をめぐって巷間いろいろといわれましたが、それをここでむし返すのはやめましょう。とにかく湯浅には「おめでとう!」といいたい。

日本からは佐々木明と大越龍之介選手も出場したのですが、とりわけ無念なのは明。万全の体調で大会に挑んでもらいたかった、というのが率直な思いだった。コースアウトしたあと、負傷している右手とポールを固定しているテーピングをもどかしそうにみつめる明の思いとて同じでしょう。臥薪嘗胆。再起を切に期待します。
もうひとり。期待を一身に背負って夢敗れたフェリクス・ノイロイター、いったいどうしたんでしょうね。プレッシャーに負けたのかな。それとも、ここ数シーズン、スピード系へも積極的に挑戦しているからその発展途上なのかな。回答はシーズン後半になってから出てくるでしょう。

名門オーストリアパワーチームもマルセル・ヒルシャー、ベンジャミン・ライヒ、二枚看板を欠き、回転ではマリオ・マットが4位に入るのがやっと。この大会、男子は銀メダル1、銅メダル1と、らしからぬ結果に終わってしまいました。ちょっと元気がなかった。

さて、どちらかというといつも無表情なジャパンのヘッドコーチ、クリスチァン・ライトナーですが、このレース、こころなしか余裕が感じられます。
カナダのジュリアン・コシニュウはオーストリア勢の撃沈に加え、湯浅のタイムが一歩及ばず5位確定。テンガロンハットがよく似合うカナダのコーチ連中、それみたことかと満面の笑顔ですね。

男子回転、靭帯断裂のためにバンクーバーに出場できなかったジャン−バプティスト・グランジェの復活の総仕上げで幕を閉じました。
GAP 2011はこの日のレースで全て終了。2年後にはオーストリアのシュラートミンクで世界選手権が開催されます。

2011/02/25

さながら霞める

春のやわらかい空気がパルテンキルヒェンの街を支配します。
いよいよ女子回転。会場はオリンピアシースタディオンのとなりにセットアップされたグディベルクコース。ほぼ一枚バーンですから観客はスタート直後からゴールまで全てみとおすことができます。でもフォトグラファーにとってはとてもつらい環境でもあります。向かって右サイドにはリフトがはしり、左サイドはちょっとした森なのですが照明、TVスタンドが林立しバックに写りこんでしまう。ですから撮影ポイントはゴール前のデコ一箇所だけです。当然みんなそこに集まります。あとは押し合いへし合い…。

ポジションを確保したあと、その人ごみを抜けてレース前にリフトの近くから待ち人をシューティング。
そうマリアとスザンネのリイシュ姉妹です。きっと一緒にリフトで上がると思った。今大会マリアは風邪が治りきらず顔色も優れませんが銅メダル2個は立派ですね。スザンネは3度目の世界選手権ですが、過去2度ともゴールを果たしていません。今度こそ、という地元の期待がプレッシャーになったのか、またもやゴールできなかった。マリアも3つ目のメダル獲得はなりませんでした。
女子最後のレースゆえマリアネタでもう一つ。"Milka Ski Girl" 。あえてノーコメント。

女子レース有終の美を飾ったのはオーストリアパワーチーム。マリイズ・シルトがゴールド、カトリン・ツェッテルがシルバー。ブロンズメダルはスウェーデンのマリア・ピエティレ・ホルムナーへ。シルトにとってビッグレース8個目のメダルが、ようやく金色に輝いたのでした。

2011/02/24

さようならカンダハー

18日は男子大回転。あいかわらず白い魔物がカンダハーコースを覆っています。レースは果たして大丈夫だろうか、そればかりが気にかかります。

が、案に相違してカンダハーの視界は前日よりは良好。定刻通りにインスペクションも始まり、定刻通りにフォトグラファーもポジションフィックス。そして予想通りにそのポジションもFISディレクターによって退去させられ、散り散りばらばらになって黙々と他のポジションへ。

さて、インスペクション。2日目の男子スーパーGで3位に入り、組織委員会にコースセットアップについてやんわりと物申して以来、ダウンヒル、スーパーコンバインドをスキップ、1週間にわたって姿を消していたイヴィーツァとファミリー、ようやくピステに姿を現しました。他のスキー場で技術系トレーニングに励んでいたものと思われます。今季の総合優勝を虎視眈々と狙うイヴィーツァにしてみれば万が一の怪我のリスクを回避するのは当然の決断でしょう。リンゼイ・ヴォンもまたしかり。得意種目の高速系が終わるやいなや大回転をスキップ「総合優勝を狙うために少しやすんで集中力を高めるわ」とさっさとガルミッシュをあとにしてしまいました。

女子スーパーコンバインドの日には滑降レース直前にヘリでコースから病院へ直行したスイスチームのコーチもいたし、前日もスリップ滑落して肋骨を折った者もいた。抗議に近い選手の声におされた組織委員会が幾分コースを改善したとはいえ、アイゼンを装着して歩くのさえ恐怖を感じる碧氷のカンダハーでしたからねー。

ともかくイヴィーツァが、ファミリーが、戻ってきてくれてよかったよかったと。














どんよりとした曇り空の下でレースは淡々と続きます。

1本目はスヴィンダルを筆頭に、コステリッチ、リゲティ、キューシュ、ヤンカら、実力者が0.5秒以内にひしめき合うという大接戦。
2本目になってくっきりと明と暗に分かれます。
1本目4位のリゲティ、満を持してゴールするやマットに身を投げ出して喜びを爆発させます。イヴィーツァはそそくさとゴールをあとにし、最後にゴールしたスヴィンダルはタイムを確認したあとがっくりと頭をうなだれます。

リゲティにとってビッグレースのゴールドメダルはトリノ冬季五輪のスーパーコンバインド以来2個目。2位には今季好調のスペシャリスト、シプリアン・リシャールが入り、3位には世界選手権直前のヒンターシュトーダー大回転でワールドカップ初優勝をかっさらったフィリップ・シェルクホファーが飛び込んだ。

やれやれ、カンダハーコースともこれでお別れです。

2011/02/23

greeeaaat!

昨日佐助庵帰着。
大会も終盤に近づき写真整理と移動に追われてしばらくの休止ご容赦。今日からおっつけ GAP 2011 あれこれどたばたレポート再開。

17日、女子大回転。いよいよ技術系レースが始まりました。
さあッ、と起きがけにアパートの窓を開けるとあたり一面真っ白です。そう、霧がわがものがおに街をおおっていたのでした。「これはちょっと…」と意気消沈しながらもカンダハーのコースへ向かいます。…と、ゴンドラで少し上がったらいきなり絶景が目の前に広がりました。雲海です。少し気を持ち直してスタート付近まで降りると、やはりあたり一面ガスがおおって10メートル先も視認できません。もうあきらめの境地です。10時開始が10時半へ、11時へとのびてようやくレースがスタートしたのが12時。まだガスがときおりコースをはしっています。

リメンバー、バンクーバー
やはり女子大回転のレース、ガスにやられて2本目を翌日に順延したときのことが脳裏を横切りました。この大会、もう予備日もありません。が、今日はしだいに視界もクリアになり、ティナ・マゼが、スロヴェニアにとっても初のゴールドメダルを手にして無事終了。マゼはゴールでおもいっきり「greeeaaat!」と叫んだのでした。
(旧ユーゴスラヴィアの時代には、日本の国際技術選にも登場したマテヤ・スヴェートが89ヴェイル世界選手権の回転でゴールドメダルを獲得しましたけどね)

2位に入ったイタリアのフェデリカ・ブリニォーネの母親は、70年代から80年代にかけてサーキットで4勝をあげたマリア・ローサ・クアリオです。現在はイタリアのスキー雑誌「Sciare」のライターとしてサーキットを回っている顔なじみ。ガルミッシュでもゴールエリアで、プレスセンターで、愛娘の応援に、取材にと小柄なからだでエネルギッシュに動き回っています。

3位にはフランスの21歳、テッサ・ウォーレイ。サーキットでは5勝を挙げていますが2度目の世界選手権で初のメダルを手に入れました。

2011/02/16

finish referee

チームイヴェント、日本からFIS本部役員として白馬の中村実彦さん登場です。かつてはジャパンチームで高速系の選手として活躍されていた実彦さんです。今日はフィニッシュ審判を務めていました。実彦さんと会うのは実に5年ぶり。白馬へは毎年行っているというのにね。前回はトリノ冬季五輪。サンシカリオでの女子滑降のレースでフィニッシュ審判を務めていたときに言葉を交わして以来です。つもる話がたんとたんとあったことでした。

チームイヴェントは各国5人のレーサーがパラレル大回転でトーナメント形式で戦っていきます。決勝はオーストリアとフランスの一騎打ち。当然コマが実力者ぞろいのオーストリアの勝利かと思ったら、意外やフランスの勝利。好調のシプリアン・リシャールの活躍が大きかったようです。

オーストリアのベンジャミン・ライヒは最初のレースでコースアウト。どうやら靱帯を損傷したということです。インスブルックの病院に搬送、即日手術したそうですから今季絶望でしょう。さらには別のスキー場でトレーニング中のディディエ・キューシュも左手骨折、が、プロテクターで保護して男子大回転に出場する模様です。バンクーバーの時は右手親指骨折していながら強行出場した。ファイトマンですね。

カーサ イタリア

イタリアスキー連盟は冬季オリンピックや世界選手権になると開催地に、選手、役員、それに招待客のみに入場を許されるイタリアンレストランを開きます。それがカーサイタリア。いつもイタリアの料理学校のスタッフ、生徒、食器、テーブルクロスまで現地に運びこんで凝った上質のイタリアンを提供するのです。およばれしてゆくとたいがい上席にはスキー連盟のお偉いさんがマフィアのドンよろしくどっかと座って葉巻の煙をくゆらせていたものでした。

初めて招待されたのが88カルガリー冬季オリンピックのとき。ダウンタウンの一画にこんなに広いところがあったのか、と思うくらいのみごとなイタリア空間だった。その時のメニューなんかもうすっかり忘れてしまったのだけれど、ただひとつ覚えているのは豚肉の煮込み料理。それはそれは美味な煮込みで一気に食したのですが、食後なにやら異な口ざわり。指でつまみ出してみるとちょっと固めの豚の毛が2、3本。きっとあまりの招待客の多さにシェフの目に届かなかったのでしょう。でもソースまで一滴残さずたいらげた記憶があります。

そして感心したのが、まだ少年や少女の面影を残す生徒たちが一所懸命テーブルサービスをしていたのですが、それこそ絶妙なタイミングで食器の上げ下げやワインをつぎたしてくれたこと。この子たちはきっと立派なプロになるんだろうなあ、とそのとき思ったことでした。

そうそう93年の盛岡・雫石世界選手権の時なんかはさすがに料理学校まるごと極東の地へ、というわけにもゆかなくて地元のきれいどころが総出でテーブルサービスをしてくれた。なぜかその時おねえさまにお化けの話なんぞして叱られたこともありました。

そのカーサイタリアも年々規模が縮小されてきて、ここガルミッシュではどうやら地元のイタリアンレストランにまるなげした様子です。この店は北イタリア、ヴァルテリーナ地方のメニューが売り。さすがにうまかった…と言いたいところだが、天敵ポルチーニ入りのリゾットが出てきたから星一つ半。

なんにせよまたむかしのようにドン・コルレオーネのファミリーにでもなった気分で、うまいワインを味わいたいものです。

2011/02/15

- intermission 2 -

予備日のためレースはなし。終日PCで写真整理。
夕食はカーサイタリアにおよばれです。
するとアルベルト・トンバとクリストフ・インナーホファー、新旧のイタリアンヒーローの登場。かけつけイッパイ、乾杯です。

アルベルト・トンバがひのき舞台に登場したのは1987年、クランモンタナの世界選手権。大回転で3位に入り、ボルサリーノを頭に、グリーンのマフラーと黒のロングコートをはおり、さっそうと表彰台に登場したのでした。以来ワールドカップサーキットで実に50勝、冬季五輪と世界選手権を合わせると9個のメダルコレクション。現代のスーパーレジェンドといえましょう。今をときめくインナーホファーもトンバの迫力にはタジタジです。
続いてはAIPS(国際スポーツプレス協会)のボス、ジァンニ・メロの司会でトークショウ。最後に「What are you doing now? Alberto」と突っこまれたトンバがなぜか今度はしどろもどろになり滝のような汗です。なぜなんでしょうね。

2011/02/14

St. Valentine's Day

さてもさても、朝プレスセンターに出社(?)したらデスクの上に思わぬハート型のヴァレンタインチョコレート。贈り主はほかでもない5人のMilka Ski Girl。マリア・リイシュ、ミヒャエラ・キルヒガッサー、ティナ・マゼ、シャルカ・ザーロプスカ、イングリッド・ジャクェモ、5人の ”ガール” たちです。嬉しくないといえばうそになりますが、ビミョーな気分です。だってメッセージの写真を見ると顔と名前がぜんぜん一致しないんだもん。目の前のデスクに陣どっている Sciareの編集長がすかさず一言「フォトショップ!」とニヤリ。














今日のレジェンドはおふたかた。なつかしやイレーネ・エップレとミヒャエラ・ゲルク。イレーネ・エップレ(左)は1978年に当地で開催された世界選手権、滑降で銀メダル、80レイクプラシッド冬季五輪では大回転で銀メダルを獲得しています。ミヒャエラ・ゲルクは89ヴェイル世界選手権スーパーGの銅メダリスト。サーキットでは4勝した高速系レーサーでした。そういえば、現在ジャパンチームのヘッドコーチを務めているクリスチァン・ライトナーと一時期結婚していたのですが別れてしまったということです。ゆえに現在はシングルです。

男子スーパーコンバインド、A-L・スヴィンダルが滑降のリードをキープして優勝、2位に入ったクリストフ・インナーホファーはこの大会、実に3つめのメダル獲得です。勢いというものはすごいですね。これで金、銀、銅、オールカラーメダリストです。3位は同じくイタリアチームのペーター・フィル。前回のヴァルディゼール世界選手権ではスーパーGで2位に飛び込んでいます。

2011/02/13

レジェンド・・・・・ん?

暖かい気候のせいでゆるんだコース整備のためレース開始直前まで全フォトグラファーはカンダハーコース立ち入り禁止を命ぜられました。よってコースの入り口には日独伊仏英の連中が集まってワイワイガヤガヤ。そこをすかさず田中慎一郎さんが撮ってくれました。インスペクションは撮影できないし、撮影ポイントはコースの上部ですから表彰式には間に合わない。お目よごしご容赦を。
Photo by Shin-ichiro Tanaka

女子ダウンヒルはいずれも当代の華がHEADスキーを手に表彰台を独占です。開会式で大会のテーマソングを歌いあげ、一躍ガルミッシュでも人気者となったエリザベート・ゲルグル、今大会2個目の金。サーキットで総合優勝を狙うリンゼイ・ヴォン2位。地元パルテンキルヒェン出身のマリア・リイシュが3位に入り面目をほどこしました。

2011/02/12

あな恐ろしや

男子ダウンヒル。まあまあの快晴。碧氷のカンダハーコースに恐れをなしてゴール死守ときめこんだらとんだ拾いもの。カンダハーのゴールエリアはおよそ2/3が中斜面、のこり1/3になってようやく平地になります。世界選手権のチャンプになるためにはゴールまで決してスピードを落としてはならない。…というわけでゴール後のクラッシュ続出であります。とりわけ5位に入ったアクセル・ルンド・スヴィンダルはポールはポッキリと折れ、足をひねったのか打ったのか不明だけれどかなり痛そうです。一時はタンカまで用意されたのだが係員の肩を借りて自力退場。残りのレースに影響がなければよいのですが…。
レースはクレイジイカナックのエリック・グェイがビッグレース初のメダルを掌中にした。ディディエ・キューシュ貫禄の2位。3位に入ったのがのぼり調子のクリストフ・インナーホファー、スーパーGの金に続いてこの大会2個目のメダルを手にしました。

本日登場のレジェンドはドイツの生んだ往年のアルペン女王、ロジ・ミッターマイヤー(左)。1976年インスブルック冬季五輪では滑降、回転、複合でゴールド、大回転でシルバーメダルを掌中にしました。たびたび来日して華麗なポールさばきを披露してくれたものでした。後にチームメイトのクリスチァン・ノイロイターと結婚して生まれたのが今ドイツチームの牽引役をつとめるスラローマー、フェリクス・ノイロイターです。ご当地、ガルミッシュ・パルテンキルヒェンの在。右はマルティナ・エルトゥル。コンビネーションが得意な選手で長野冬季五輪ではシルバーメダルを獲得しています。

2011/02/11

いずれアヤメかカキツバタ

こういうまなざしでみつめられたらいちころですね。ラーラ・グートはスーパーコンバインド、後半のスラローム、あと一歩のところで旗門にスキーをひっかけてクルリと2回もでんぐりがえりしちゃった。無念の do not finish です。
優勝したのはオーストリアの新星、アンナ・フェニンガー。ティナ・マゼ、アニャ・パションを従えて堂々のゴールドメダルです。うーん、この娘もなかなか、だなあ。

表彰式にはなんと皇帝ベッケンバウアーの登場です。サッカー界では超弩級の伝説の人ですね。おとなりは87クラン・モンタナ世界選手権ゴールドメダル、88カルガリー冬季五輪シルバーメダルを獲得したドイツのスラローマー、フランク・ヴェルンドル。

スーパーコンバインドの会場、滑降はガルミッシュ側のカンダハー、回転はパルテンキルヒェン側のグディベルクに分かれます。グディベルクは毎年ジャンプのワールドカップが開催されるシャンツェの真横にある一枚バーン。したがって選手、役員は滑降が終わると大急ぎでグディベルクに移動しなければならない。が、さすがにドイツ。幹線のほかに第1裏道、第2裏道、第3裏道までちゃんと用意してあって交通規制。なんのストレスもなく移動できるのです。

2011/02/10

intermission −幕間−

世界選手権3日目の今日はレースはなし。男女とも滑降トレーニングです。
ガルミッシュの街は風もなく、日なたは半袖でも汗ばむくらいです。
滞在中のアパートと、見慣れぬ住人を視察に来た猫。なかなか精悍な面構えです。

2011/02/09

スキー・レジェンズ

見事に晴れあがった男子スーパーG。が、碧氷のカンダハーコースに手こずり途中棄権者続出。優勝したのはイタリアスキーチーム高速系の中堅、クリストフ・インナーホファー。サーキットでは過去1勝。今シーズン、ラウバーホルンのスーパーコンバインド、滑降でトップだったのですが回転と併せた総合成績は4位だった。もちろんビッグレースのメダルは初めて。2位ハンネス・ライヒェルト、3位には絶好調、イヴィーツァ・コステリッチがはいった。

さて、世界選手権やオリンピックともなるとかつての名選手が続々と集まってきます。今日目にはいったスキーレジェンド…
カメラ目線のシブいイタリアンはインナーホファーの大先輩、クリスチァン・ゲディーナ。現役時代、ハーネンカムの滑降トレーニング、ダニエル・アルブレヒトが大クラッシュした件のジャンプで開脚ジャンプをしたツワモノです。
一方レース後のフラワーセレモニーでプレゼンテーターを相務めたのは盛岡雫石世界選手権コンバインドのゴールドメダリスト、ミリアム・フォクト、それに長野冬季五輪回転のゴールドメダリスト、ヒルデ・ゲルク。サーキットでは表彰台の常連でもありました。
あすから懐かしい顔、だれに会えるのだろう。

2011/02/08

GAP 2011

いよいよ世界選手権、始まりました。略して GAP 2011。
オーストリアとの国境近く、ドイツ、バイエルン州ガルミッシュ・パルテンキルヒェンでの開催。
17世紀来ヴァイオリンの工房で名をはせるミッテンヴァルトの隣村です。

初日の今日、8日は女子スーパー G。
女子のレースはバンクーバー以来ちょうど1年ぶり。なつかしいおしりたちと久しぶりの対面だった。が、天敵中の天敵、女子高速系のレースディレクター、ヤン・ティシュハウザーともやむを得ずにらみ合いです。バンクーバー冬季五輪の時なんぞコースの外から写真を撮らされた。どうです、まだレース前だというのにもうすでにレンズを睨んでるでしょ。さながら吉良上野介ですね。













レースは it was really tough, bumpy and icy!と誰もが悲鳴をあげるカンダハーコース。バンクーバー女子滑降の銅メダリスト、エリザベート・ゲルグルが優勝、ご当地出身、バンクーバーで回転とスーパーコンバインドで金メダルを獲得したマリア・リイシュが3位、トリノ冬季五輪大回転金メダリスト、ジュリア・マンカーソが2位、と実力者揃い踏み。
スイスのラーラ・グートは惜しくも4位。

ラーラ・グートを初めて目にしたのは2009年のヴァルディゼール世界選手権。17歳ながら DH とスーパーコンバインドで一躍2位に躍り出たとき。表彰台で文字どおり躍り上がって喜んでいた、その時の印象が強く心にのこったと。
うーん、今日のレースは惜しかったな。

2011/01/31

power team women 参上

45,000人の大観衆がおしよせたシュラートミンクのナイトレース、前走を相つとめたのはれっきとしたオーストリア女子パワーチームの中堅どころミヒャエラ・キルヒガッサーとカトリン・ツェッテルではありませんか。女子サーキットの合間をみてかけつけたのでしょうか。キルヒガッサーは「Milka」美女(?)軍団のメンバー。ツェッテルは一昨シーズンのヴァルディゼール世界選手権、スーパーコンバインドで堂々ゴールドメダリスト。きっと不振の男子パワーチームに喝を入れにきたんでしょう。・・・というのはジョーダン。
この時期、女子サーキットで開催されているのはたまたま高速系種目ばかり。だから技術系の二人にとってこの前走は実戦のコンディショニングといえましょう。例年女子のレースが開催されないここシュラートミンクで2013年には世界選手権も開催されますしね。

ワールドカップサーキットでトップランカーが前走することはけっこうあります。アーデルボーデンの回転ではカルロ・ヤンカとダニエル・アルブレヒトが前走をつとめた。ふたりともどちらかというと高速系の選手ですから、この場合もデモンストレーションというよりはコンビネーション種目のための調整という意味合いが強いのかもしれません。

2011/01/30

winners

1月のクラシックシリーズ。
こうして並べてみるとイヴィーツァ・コステリッチの独壇場。ワールドカップ総合チャンプ初制覇へ盤石の攻めだった。イヴィーツァに怖いものがあるとすればけがでしょう。いままでなんどもけがには泣いた。このまま何事も無くシーズンをゴールしてほしいものです。無事是名馬といいます。

過去総合V2を果たしているアクセル−ルンド・スヴィンダルはこのクラシックシリーズ、今シーズンは一度しか勝っていません。低迷ぶりがちょっと気になります。冬季オリンピックと世界選手権あわせて8個のメダルコレクターですから、2月のガルミッシュ世界選手権が本来の実力発揮への起爆剤になればと思います。

アーデルボーデンで10シーズン目にしてワールドカップ初優勝を果たしたのは、フランスの大回転スペシャリスト、シプリアン・リシャール。今シーズンは12月のアルタバディア大回転で2位に入っています。遅咲きの選手なのでしょうか。

ラウバーホルンのダウンヒルを制したクラウス・クレルはデビュー以来123戦してこれがようやく通算3勝目。名門オーストリアのパワーチームにあってなんともマイペースなダウンヒラーですね。

ハーネンカムの華、ダウンヒルの王者に輝いたのはスイスのディディエ・キューシュ。スーパーGも含めるとこの優勝でハーネンカムレースだけで実に5勝目。36歳5ヶ月と6日での優勝はワールドカップ歴代最高齢ということになりますね。このあとシャモニー、レズーシュで開催されたカンダハーレース滑降でも勝っちゃいましたから自己記録更新です。174センチ(自称)と小柄ではあるけれど大回転から滑降までトップにランクされるパワーレーサーです。

スラロームで2週連続して優勝したフランスのジャン−バプティスト・グランジェは昨シーズン初頭、アメリカ、コロラド州のビーバークリークで開催された大回転で靭帯断裂。サーキットはおろか冬季オリンピックまで棒に振っちゃった。ちょうど1年前に手術して7月にはもう雪上トレーニングを始めたというから、驚異的な回復力です。医者にとってきっと模範的な患者だったのでしょうね。この2連勝で今シーズン3勝目。イヴィーツァ追撃ののろしをあげたというところでしょうか。

2011/01/29

シュラートミンク

コペンハーゲンのボロ宿からよれよれになって佐助庵帰着。
コペンハーゲンは冷たくて人魚姫どころではなかった。かえすがえすも残念です。日本もかなり寒いですね。
余韻覚めやらぬうちにシュラートミンク・アゲイン…

シュラートミンク恒例のワンシーン。が、この日は不振のパワーチームを反映していたのか、なにやらいつもよりおとなしかった。赤いたいまつが燃え盛ったと思ったらオーストリア勢は次々と撃沈。会場を圧した大声援もやがては悲鳴とため息へと変わってゆきます。オーストリア国旗がほとんどみあたらないこういうシーンもなにやら不気味に思えてきます。














大観衆とパワーチームに代わって本日の主役を相務めたのが(をいをい…)、フランスのジャン−バプティスト・グランジェとスウェーデン勢のふたり。グランジェは直前のハーネンカムスラロームに続く2連勝。とても1年とちょっと前に靭帯断裂の重症を負ったひととはおもえませんね。これでスラロームポイントはイヴィーツァに迫ること96ポイント。2位に入ったアンドレ・ミイラーともどもイヴィーツァ追撃体制に入ったといえましょう。3位のマティアス・ハーガンに、強烈なシャンペンシャワーを浴びせられてグランジェも思わず悲鳴をあげます。

2011/01/25

ハッピイバーズデイ

クラシックシリーズ唯一のナイトスラローム大会、オーストリア、シュラートミンクの The Night Race です。毎年ハーネンカムレースの翌週火曜日に開催。平日にもかかわらず5万人近くの大群衆がおしよせます。今シーズンの開催は1月25日。オーストリアのベテランスラローマー、マンフレッド・プランガー33歳の誕生日でもありました。プランガーが登場すると期せずしてコースサイド、ゴールエリアの観衆から「ハッピイバーズデイ」の大合唱です。過去この大会で優勝したことのあるプランガーですが、残念ながら2本目に失敗して、10位に入った日本の湯浅選手の次の次、12位だった。














湯浅選手といえばキッツビューエルのレースからお母さんが観戦に来ているそうです。ここシュラートミンクでは母親の目の前で今季最高の10位に入った。湯浅選手もさぞや誇らしかったことでしょう。一方コステリッチファミリーは家族総出でイヴィーツァのバックアップ。雪の降りしきるゴールエリアではやはり母親が心配そうに息子の様子をみつめています。かつてこのコースの急斜面で大転倒をしたことのあるイヴィーツァ、5位に終わってしまいました。














クラシックシリーズ、最後になるシャモニーのカンダハーレースは残念ながら取材せずに帰国します。2月に入って、6日からはガルミッシュ・パルテンキルヒェンでアルペンスキー世界選手権に入る予定。さて、今度はどんなドラマが展開されるのだろう。

2011/01/24

誇らしく…

昨日のハーネンカムレースは最終種目スラロームだった。優勝したのは意外やけがで昨シーズンを棒に振ったジャン−バプティスト・グランジェ。もはや総合優勝を至近距離にまでとらえたイヴィーツァ・コステリッチは2本目に逆転されて2位に終わった。が、回転と滑降を合わせたコンビネーションの優勝はイヴィーツァの掌中へ。


コンビネーションの表彰式で胸に手を当てて誇らしく「私たちの美しい故国、おお、親愛な、英雄的な土地…」(Wikipedia) とクロアチア国歌を声をはりあげてうたうイヴィーツァ。父親のアンテ・コステリッチもまた息子の姿をじっとみつめながら、ひかえめに声をあげていたのでした。国への誇り、家族への愛情をちょっと感じたワンシーン。

2011/01/22

スーパースター

いよいよハーネンカムレースの華、ダウンヒルです。観衆は続々と臨時列車でキッツビューエル入りです。今夜のキッツビューエルの街はきっと酔っぱらいの天国と化すことでしょう。天候もすこし回復してきました。朝焼けが美しかった。

ハーネンカムのピステではインスペクション。レーサーたちはスタート前にコースを念入りにインスペクションします。・・・と、レーサーにまじってひとりカッコイイスキーヤーの登場です。そう、キッツビューエルの生んだ偉大なムービースター、シンガー、エンタテイナー、そしてモデル、コメンテーターでもあるハンシ・ヒンターゼアの登場です。おっと忘れてた、ハンシはワールドカップで6勝もしているレーサーでもありました。苗場でも富良野でも勝ってるんでしたね。
オーストリアに滞在中、ときおりTVを観ているとハンツィことハンシの映画をやっています。かっこいい青年実業家ハンツィが田舎娘と恋に落ち、そこに大金持ちのちょーセレブなおば様登場、もちろん雪の上でアクロバティックなスキーもみせてくれる、というおさだまりのロマンス展開。ハンツィの魅力満載の映画ですね。

ダウンヒルレースはスイスのディディエ・キューシュが圧倒的な速さで優勝。過去キューシュとなんども覇を競ってきたボーディ・ミラーが2位につけました。地元オーストリア勢はマリオ・シャイバーが4位につけるのがやっと。ちょっと元気がありません。照準を世界選手権でのメダル奪取にかけているのでしょうか。

2011/01/21

クロアーチァ!

ハーネンカムレース緒戦、スーパーG。イヴィーツァ・コステリッチが高速系では初めての優勝をかっさらいました。グラン・クリスタルトロフィに向かってまっしぐら。チームをあげてイヴィーツァをサポートしているのはうらやましい限りです。もちろんアンテも、ヤニーツァもイヴィーツァに影のように寄り添っていて、いっときたりとも離れようとしません。うらやましい団結力。どこかのチームにみせてあげたいくらい。…それにしてもいい雰囲気ですね。