雪山を行ったり来たりしてたものだからすっかり花見のことを忘れていた。
では、と源氏山公園。
ぎりぎり間にあった、か……。
無粋な佐助庵には見分けもつかないが、桜に似た花を咲かせる海棠が満開です。
明日からまた雪山に入ります。
2014/04/12
2014/04/10
小野塚喜保さん
先日妙高赤倉で撮影した小野塚さん来鎌倉。
現役時代の思い出の逸品のスタジオ撮影。(あ、居間で撮影のことね)
スキーグラフィック編集長の守屋さんともどもの来訪です。
かつて小賀坂スキーチームのエリート集団、いわゆる「藤本厩舎」の中核メンバーとして一世を風靡した小野塚さんだから思い出の品々は山ほどある。
華麗なスキーシーンで表紙を飾ったスキーグラフィックをはじめとする数々のスキー誌、現役時代に身につけて大会に挑んだゼッケン(ビブ)、インタースキー代表として参加した当時のブレザーやスキーなどなど数え切れないくらいの、今となっては貴重な資料。
撮影するのも忘れてしばしバブルの時代のスキー界の思い出にふけったのでした。
それにしても別冊の撮影で毎年毎年ニセコにこもった日々を思い出す。
藤本厩舎のボス藤本進さんをはじめ、佐藤正人、渡部三郎、小野塚喜保、細野博、吉田幸一、石井俊一、出倉義克、関口淳、里吉敏章(すいません敬称略です)など、文字どおり当時のトップに君臨したデモたちが一堂に会して春のニセコの山々を縦横に駆けめぐったのだった。
一介のフォトグラファーがひとりで藤本さんを筆頭にトップデモの集団に対峙したのだから、こんなに緊張した撮影はなかった。どんなシーンを撮ったのかぜんぜん記憶に残ってない。
ただ一つ思い出すのは、どんな斜面であろうと藤本さんの鋭い号令一下、デモたちが寸分たがわず正確なスキー操作で滑ってくれたこと。どんな新雪だろうと、どんな悪雪だろうと、だ。急なコブ斜面だって瞬時に対応して軽快に滑ってくれたのだった。
あ、もうひとつ、ホテルのマネージャーが採って出してくれた、粉わさびをすり下ろしたひと皿。しょうゆをかけてアツアツのご飯といっしょに口に入れ、ツーンとした余韻に涙ぐみながら食べた朝食。ほかの食事はなにも記憶にないが、この時に味わった粉わさびだけは、二十数年たった今でも思い出す。
現役時代の思い出の逸品のスタジオ撮影。(あ、居間で撮影のことね)
スキーグラフィック編集長の守屋さんともどもの来訪です。
かつて小賀坂スキーチームのエリート集団、いわゆる「藤本厩舎」の中核メンバーとして一世を風靡した小野塚さんだから思い出の品々は山ほどある。
華麗なスキーシーンで表紙を飾ったスキーグラフィックをはじめとする数々のスキー誌、現役時代に身につけて大会に挑んだゼッケン(ビブ)、インタースキー代表として参加した当時のブレザーやスキーなどなど数え切れないくらいの、今となっては貴重な資料。
撮影するのも忘れてしばしバブルの時代のスキー界の思い出にふけったのでした。
それにしても別冊の撮影で毎年毎年ニセコにこもった日々を思い出す。
藤本厩舎のボス藤本進さんをはじめ、佐藤正人、渡部三郎、小野塚喜保、細野博、吉田幸一、石井俊一、出倉義克、関口淳、里吉敏章(すいません敬称略です)など、文字どおり当時のトップに君臨したデモたちが一堂に会して春のニセコの山々を縦横に駆けめぐったのだった。
一介のフォトグラファーがひとりで藤本さんを筆頭にトップデモの集団に対峙したのだから、こんなに緊張した撮影はなかった。どんなシーンを撮ったのかぜんぜん記憶に残ってない。
ただ一つ思い出すのは、どんな斜面であろうと藤本さんの鋭い号令一下、デモたちが寸分たがわず正確なスキー操作で滑ってくれたこと。どんな新雪だろうと、どんな悪雪だろうと、だ。急なコブ斜面だって瞬時に対応して軽快に滑ってくれたのだった。
あ、もうひとつ、ホテルのマネージャーが採って出してくれた、粉わさびをすり下ろしたひと皿。しょうゆをかけてアツアツのご飯といっしょに口に入れ、ツーンとした余韻に涙ぐみながら食べた朝食。ほかの食事はなにも記憶にないが、この時に味わった粉わさびだけは、二十数年たった今でも思い出す。
2014/04/04
白馬八方尾根スキー場から
2014/03/26
妙高赤倉
近ごろ経験がないほどの大暴風雪に見舞われた白馬から一転、妙高は連日雲ひとつない好天続き。
こうなると現金なもので雲が恋しくなる。
どうやら明日から天気は下り坂。
一旦山を下りて4月早々には今季3度目の白馬にリベンジです。
2014/03/12
2014/03/11
2014/02/15
鎌倉雪散歩 Ⅲ − 銭洗弁財天 −
「陸の孤島」という枕詞を持つ名にしおう豪雪地帯、新潟県松之山で生まれ育った佐助庵が言うのだからまちがいない。
昨日の鎌倉の雪、まごうかたなく「松之山級」のドカ雪だった。
玄関へのアプローチもご覧の通り。あ、車はご近所ね。
雪の銭洗弁財天へ。
JRもストップした今朝方、日頃は善男善女で賑わう弁天さまも人っ子一人参拝する者とていません。
本宮、奥宮(銭を洗うところですね)と下之水神社、七福神社。上之水神社はまだ除雪がすんでなくいけなかった。
昨日の鎌倉の雪、まごうかたなく「松之山級」のドカ雪だった。
玄関へのアプローチもご覧の通り。あ、車はご近所ね。
雪の銭洗弁財天へ。
JRもストップした今朝方、日頃は善男善女で賑わう弁天さまも人っ子一人参拝する者とていません。
本宮、奥宮(銭を洗うところですね)と下之水神社、七福神社。上之水神社はまだ除雪がすんでなくいけなかった。
2014/02/14
2014/02/08
鎌倉雪散歩 − 高徳院 光則寺 長谷寺 −
鎌倉はけさほどから吹雪模様。現在暴風雪大雪警報発令中。
雪降りとあらば吹雪いていようとじっとしてはいられない。
カメラ片手に雪散歩。
高徳院では横なぐりの雪の中悠然と大仏さま。ツバキはけなげに雪の重さに耐えている。
光則寺境内の片隅にはソシンロウバイ。
長谷寺放生池では紅梅白梅が満開だというのに雪の洗礼です。
雪降りとあらば吹雪いていようとじっとしてはいられない。
カメラ片手に雪散歩。
高徳院では横なぐりの雪の中悠然と大仏さま。ツバキはけなげに雪の重さに耐えている。
光則寺境内の片隅にはソシンロウバイ。
長谷寺放生池では紅梅白梅が満開だというのに雪の洗礼です。
2014/02/02
ソチ断念
思えば1988年のカルガリー以来、アルベールヴィル、リレハンメル、長野、ソルトレイク、
トリノ、バンクーバー、7度の冬季五輪を取材する機会に恵まれた。
もちろん周囲の関係者の甚大な助力があったからこそできた取材だった。
トリノ、バンクーバー、7度の冬季五輪を取材する機会に恵まれた。
もちろん周囲の関係者の甚大な助力があったからこそできた取材だった。
そしてソチ。冬季五輪としては初の共産圏での開催。
入ってくる情報が錯綜して、実のところ秋頃までは「今回はちょっと…」という気持ちで
あまり気合いが入っていなかったのも確かだ。
あまり気合いが入っていなかったのも確かだ。
それがスキー各誌の編集長やSAJの尽力であれよあれよという間に取材の話が進み、
あっという間にソチ冬季五輪のIDカードが発行されることになり、
暮れになってロシア入国のビザを兼ねる貴重なIDカードを手にした。
そうして「よし、ソチでもいいシゴトをしてやろう」 と気持ちを新たにしたのだった。
あっという間にソチ冬季五輪のIDカードが発行されることになり、
暮れになってロシア入国のビザを兼ねる貴重なIDカードを手にした。
そうして「よし、ソチでもいいシゴトをしてやろう」 と気持ちを新たにしたのだった。
この1月にヨーロッパでアルペンスキーのワールドカップを取材したときも、
ことあるごとにソチ情報を収集したのだった。
ことあるごとにソチ情報を収集したのだった。
撮影に挑む身にとって一番大切な事、アルペンスキーのフォトシェフには、
フランスのフォトエージェンシーzoomのフランシスが就任したと聞いた。
フムフム、旧知の間柄だから多少の無理難題くらいは……と安堵したのもつかの間、
あとは取材環境にマイナスイメージの情報ばかり。
フランスのフォトエージェンシーzoomのフランシスが就任したと聞いた。
フムフム、旧知の間柄だから多少の無理難題くらいは……と安堵したのもつかの間、
あとは取材環境にマイナスイメージの情報ばかり。
フライトチケットはモスクワ経由ソチ行きを手配、宿舎はアルペンスキー会場となるローザ・コテル・アルパインリゾートでアパートやホテルを探したのだったが時すでに遅く、どこも満パイ。本会場となる黒海のリゾート、アドレル地区にはアパートはほとんどなく、ようやく一番安いホテルを予約したのだった。
それも20㎡のツインに3週間滞在で60万円! もちろん食事はなし、キッチンもついていない。
この一件でかなり意気消沈してしまったのも確かである。
それも20㎡のツインに3週間滞在で60万円! もちろん食事はなし、キッチンもついていない。
この一件でかなり意気消沈してしまったのも確かである。
追い打ちをかけたのがヨーロッパのスキージャーナリストの反応。
ワールドカップ創設者の一人であるセルジュ・ラングの息子、パトリックは行かないと言うし、スウェーデンのニッセも「ジョーダンじゃない、行かないよ」とキッパリ。オーストリアのハンス・ベザードもナイン。
行くのはzoomやPENTAやロイターといったフォトエージェンシー関係ばかり。
ワールドカップ創設者の一人であるセルジュ・ラングの息子、パトリックは行かないと言うし、スウェーデンのニッセも「ジョーダンじゃない、行かないよ」とキッパリ。オーストリアのハンス・ベザードもナイン。
行くのはzoomやPENTAやロイターといったフォトエージェンシー関係ばかり。
というわけでチューリヒからの機中でじっくり考えて「ソチ断念」という苦渋の決断を下したのだった。
土壇場のキャンセルゆえ、ホテル代は全額没収、かろうじてフライトチケットが返金されるのみである。
なにより、ソチのIDカード取得に尽力してくれた関係者の胸中をおもんばかると、
息苦しくなるほどに心がしめつけられる。
なにより、ソチのIDカード取得に尽力してくれた関係者の胸中をおもんばかると、
息苦しくなるほどに心がしめつけられる。
2014/01/28
The ナイトレース −シュラートミンクSL−
混沌のハーネンカムを終え、月曜日は降りしきる雪の中ザルツブルクの南、シュラートミンクへ移動です。宿はダハシュタイン山塊の麓、ラムサウ。かつてクロスカントリースキーで長野冬季五輪にも出場した横山久美子(Kumiko GROSSEGGER)さんのアパートです。まだ完成して間もないアパートだから快適この上ない。夕食は田草川さんご謹製のキーマカレーで腹を満たし、のんびりと原稿を書き上げ、久しぶりに静かな一夜がふけてゆきます。
一夜明け、シュラートミンクはガスもなく小雪がちらつく穏やかな冬模様。さっそくプレスセンターに出動してまずは腹ごしらえ、ここのプレス食堂はクラシックレース随一のクオリティを誇るバイキング。もちろんビールをはじめノンアルコールのドリンクも飲み放題です。きょうのメニューはスープ、サラダバーに加え………
ザ・ナイトレース、1本目は夕方5時45分、2本目は8時45分スタート。今はまだ静かなシュラートミンクの街ですが、レースが開始される頃には5万余の大観衆がゴールスタンド、コースサイドを埋めつくし、阿鼻叫喚の夜となります。
ジャパンチームは今季限りの引退を表明した佐々木明38番スタート、ハーネンカムスラロームに続きエントリーの新人、河野恭介(早大)は68番スタート。
レース終了後、夜を徹してミュンヘンへ向かいチューリヒに移動、30日のフライトで一旦日本へ帰る予定です。
一夜明け、シュラートミンクはガスもなく小雪がちらつく穏やかな冬模様。さっそくプレスセンターに出動してまずは腹ごしらえ、ここのプレス食堂はクラシックレース随一のクオリティを誇るバイキング。もちろんビールをはじめノンアルコールのドリンクも飲み放題です。きょうのメニューはスープ、サラダバーに加え………
ザ・ナイトレース、1本目は夕方5時45分、2本目は8時45分スタート。今はまだ静かなシュラートミンクの街ですが、レースが開始される頃には5万余の大観衆がゴールスタンド、コースサイドを埋めつくし、阿鼻叫喚の夜となります。
ジャパンチームは今季限りの引退を表明した佐々木明38番スタート、ハーネンカムスラロームに続きエントリーの新人、河野恭介(早大)は68番スタート。
レース終了後、夜を徹してミュンヘンへ向かいチューリヒに移動、30日のフライトで一旦日本へ帰る予定です。
2014/01/24
2014/01/23
混沌のハーネンカム
あいかわらず厚い雲がキッツビューエルの街を覆います。
が、きょうはコースを変更してDHトレーニング決行。
早朝に難所ハウスベルクカンテをチェックした上で迂回コースを設定したのだった。
ただしフォトグラファーはコース内一切立ち入り禁止。
ま、それならそれでのんびりと………。
雲に覆われた下界をよそに、スタート地点はこの上ない快晴模様。真冬の気温です。
昨夕FISは雪の状況を考慮し、ハーネンカムレースのスケジュールを変更。
金曜日:回転
土曜日:滑降
日曜日:スーパーコンバインド(スーパーG+回転)
2014/01/22
2014/01/21
湯浅直樹 ラウバーホルンレース/SL
ラウバーホルンSLのコースコンディションは完璧とはいえないまでも悪くはなかった。
前戦アーデルボーデンSLで、待望久しい第1シード入りした湯浅直樹は内倒しながら完走し、1本目の最下位に終わった。
再び第2シードへと陥落した湯浅のあたまの片隅に「第1シード復帰」という言葉が脳裏をかすめていたのかもしれない。
ラウバーホルンSL1本目、テッド・リガティに続く18番スタートとなった湯浅は、焦点を合わせたレンズの向こうの赤ポールをきれいクリアし、だが、フォトポジションの真横2メートルほどのところにあるデコの頂点にセットされたポールをクリアしたところで、落ち込んでいる斜面で踏ん張り加減を間違えたのか、スリップ横転、数ステップ歩いて上ってクリアし、レースを続けたのだった。
この転倒が湯浅の心理に大きく影響したのか、湯浅はこれまでになく激しいポールアタックを続け、なんでもない平坦な斜面から壁斜面に入るところで再び失敗、大きくスキーを引っかけ、スキーはバランスを崩した湯浅の右足に確実にダメージを与えながら、ようやく湯浅の足を解放してくれたのだった。
あとは早朝に日本で報道されたとおり。
ソチ冬季五輪のSLに間に合うかどうかはまだわからない。
ソチ冬季五輪代表確実といわれていた湯浅直樹は、このラウバーホルンのピステで、ソチへ、少しでも想いを馳せていたのだろうか。
前戦アーデルボーデンSLで、待望久しい第1シード入りした湯浅直樹は内倒しながら完走し、1本目の最下位に終わった。
再び第2シードへと陥落した湯浅のあたまの片隅に「第1シード復帰」という言葉が脳裏をかすめていたのかもしれない。
ラウバーホルンSL1本目、テッド・リガティに続く18番スタートとなった湯浅は、焦点を合わせたレンズの向こうの赤ポールをきれいクリアし、だが、フォトポジションの真横2メートルほどのところにあるデコの頂点にセットされたポールをクリアしたところで、落ち込んでいる斜面で踏ん張り加減を間違えたのか、スリップ横転、数ステップ歩いて上ってクリアし、レースを続けたのだった。
この転倒が湯浅の心理に大きく影響したのか、湯浅はこれまでになく激しいポールアタックを続け、なんでもない平坦な斜面から壁斜面に入るところで再び失敗、大きくスキーを引っかけ、スキーはバランスを崩した湯浅の右足に確実にダメージを与えながら、ようやく湯浅の足を解放してくれたのだった。
あとは早朝に日本で報道されたとおり。
ソチ冬季五輪のSLに間に合うかどうかはまだわからない。
ソチ冬季五輪代表確実といわれていた湯浅直樹は、このラウバーホルンのピステで、ソチへ、少しでも想いを馳せていたのだろうか。
2014/01/20
……の車窓から ウェンゲン〜ラウターブルンネン
アイガーの麓、クライネシャイデックを出発した登山電車はウェンゲンの街を出るとゴトゴトと谷沿いに下り、やがて緩やかにカーブをしながらトンネルを二つほどぬけると、左手の遠くにユングフラウやシルヴァーホルンといったベルニナアルプスの絶景にめぐりあいます。
モデルをあいつとめてくれたのはスポーツフォトグラファーの薬師洋行さん。もちろんギャラは………ない。
モデルをあいつとめてくれたのはスポーツフォトグラファーの薬師洋行さん。もちろんギャラは………ない。
名人芸 ラウバーホルンレース/SL
84回の開催を誇るラウバーホルンレースは日曜日の回転をもって終了。あいかわらず雲の多い暖かい気候。だがコースの状態は思ったほど悪くはない。
まいどFIS男子技術系ディレクター、ハンス・ピエレンネタで申し訳ないが、スノウセメントを芸術的にまき散らすピエレンの名人芸のおかげか。
優勝したのはフランスのアレクシイ・パンチュロウ。1本目ラップのマルセル・ヒルシャーを逆転。2位お馬鹿ばっかりやらかしているやんちゃ坊主フェリクス・ノイロイター。2本目の最終走者、ヒルシャーは荒れたコースに手こずったのか3位へと沈んだ。
残念ながら日本勢はゴールを果たした佐々木明の健闘むなしく全員2本目に進めなかった。
久しぶりにラウバーホルン回転に出場した皆川賢太郎は1本目に途中棄権、ゴール後現役引退を表明した。長きにわたり日本チームを牽引してきた賢太郎に「ご苦労さん!」と声をかけてあげたい。
2014/01/18
前代未聞! ラウバーホルンDH
いよいよラウバーホルンレースの華、滑降です。ウェンゲンは曇り空ながらも穏やかな気候。
ああ、それなのに登山電車でスタート地点に上ってみれば息を呑む強風が吹き荒れ、スタート地点ははるか下の方、カナディアンコーナーと名付けられている地点へと変更。このレース最大の見所、フントショフの大ジャンプはカットされ、バランスを崩しやすい高速ターンとジャンプがみられるミンチカンテもカット。サーキット史上最長を誇るラウバーホルンの滑降コースは4分の一ほどカットされ、さながらスプリントダウンヒルです。
サポート隊も急造のスタート設置に汗だくです。
レースの見所をカットされてガックリの観客でしたが、それを救ったのがスイスの中堅、パトリック・キュング。みごとサーキット通算2勝目を挙げました。2位にはオーストリアのハンネス・ライヒェルト、3位にはノルウェイのアクセルルンド・スヴィンダルが入った。
明日は日本勢の出場する回転。第2シードにおちてしまった湯浅の奮起を期待したいところです。
2014/01/17
ラウバーホルンレース/スーパーコンバインド
いよいよラウバーホルンレース開始。きょうはスーパーコンバインド。
天候不順のため午前に予定されていた滑降は午後になり、午前の第一レースは回転です。
柔らかい雪のためフォトグラファーは全員スキーは禁止、クランポン(アイゼン)を着用せよ、とのお達しです。
………と、レース開始直前に係員が汗だくになってコースに水まきです。すぐ後でスノーセメントをまいているのはFIS技術系のディレクター、ハンス・ピエレン。永らくディレクターを務めてきたハンスも、どうやら今季限りで現場を引退するようです。
結果はアメリカのテッド・リガティが勝ってサーキット通算20勝目。昨シーズンの覇者フランスのアレクシイ・パンチュロウが2位に入った。
2014/01/16
ラウバーホルンDH トレーニング3
2014/01/15
ラウバーホルンDH トレーニング2
ウェンゲンの村は気温10°C。暖かくどんよりとした曇り空。
DHのトレーニング決行です。
これから週末にかけて天候の悪化が予想され、スーパーCは午前中にSL、午後にDHと変更された。
アイガーもすっぽりと雲の中です。
2014/01/14
シンシンと… − ラウターブルンネン −
昨日までとはうってかわって夜半から待望久しい雪が降り続いています。
ちょっと湿り気味の大粒の雪。緑の際だったのどかな風景もあっという間に白い雪景色へと変わってしまった。
プレスセンターから、きょうのトレーニングランはキャンセルと連絡あり。
ちょっと湿り気味の大粒の雪。緑の際だったのどかな風景もあっという間に白い雪景色へと変わってしまった。
プレスセンターから、きょうのトレーニングランはキャンセルと連絡あり。
2014/01/13
ラウターブルンネンへ
次なるクラシックレースは「ラウバーホルン」。ウェンゲンでの開催。
例によって麓のラウターブルンネンにアパートを借ります。今シーズンは道路からちょっと下ったDinkelさん宅。
月曜日は小休止。インターラーケンへ食材の買い出しです。久しぶりの街中は雪もなく、韓国から大挙押しよせた「卒業旅行カップル」で大賑わいの様子。2年間の兵役が待っている韓国ですから、楽しむんなら今のうち、ということでしょうか…。
例によって麓のラウターブルンネンにアパートを借ります。今シーズンは道路からちょっと下ったDinkelさん宅。
月曜日は小休止。インターラーケンへ食材の買い出しです。久しぶりの街中は雪もなく、韓国から大挙押しよせた「卒業旅行カップル」で大賑わいの様子。2年間の兵役が待っている韓国ですから、楽しむんなら今のうち、ということでしょうか…。
2014/01/12
ひかりのどけきはるのひに − アーデルボーデン GS / SL −
アルペンスキーワールドカップいよいよクラシックシリーズに突入です。
まずは「アーデルボドナースキーターゲ」。大回転と回転。
………だというのに汗ばむほどの陽気で整備されたコースも数人ほどのレーサーが滑り終えただけで深いわだちができてしまう。後続のレーサーにはちょいと酷な条件となったようです。
スタンドには大勢の観客が押しよせ、件のスイスファミリーが「 SWISS 4 JAPAN 」の小旗を振って応援してくれています。毎年スタンドの同じ場所で応援してくれていて、今年でもう3年目。ありがたいことです。
…が、日本勢は総員撃沈。ジャンプ陣の活躍をみるにつけ、ちょっと残念な結果におわってしまった。
まずは「アーデルボドナースキーターゲ」。大回転と回転。
………だというのに汗ばむほどの陽気で整備されたコースも数人ほどのレーサーが滑り終えただけで深いわだちができてしまう。後続のレーサーにはちょいと酷な条件となったようです。
スタンドには大勢の観客が押しよせ、件のスイスファミリーが「 SWISS 4 JAPAN 」の小旗を振って応援してくれています。毎年スタンドの同じ場所で応援してくれていて、今年でもう3年目。ありがたいことです。
…が、日本勢は総員撃沈。ジャンプ陣の活躍をみるにつけ、ちょっと残念な結果におわってしまった。
2014/01/10
グランブルー
群青の空。
チューリヒ郊外のFuchs邸で一夜英気を養い、アーデルボーデン、ウェンゲン、キッツビューエル、シュラートミンクでアルペンスキーのワールドカップを取材します。
今シーズンのクラシックシリーズ、どんなドラマが待っていてくれるのだろう。
チューリヒ郊外のFuchs邸で一夜英気を養い、アーデルボーデン、ウェンゲン、キッツビューエル、シュラートミンクでアルペンスキーのワールドカップを取材します。
今シーズンのクラシックシリーズ、どんなドラマが待っていてくれるのだろう。
2014/01/01
元 旦
あけましておめでとうございます
初詣は吉例銭洗弁財天と佐助稲荷神社。
今年こそ良い一年となりますように。
ありがたいことに暮れに急なブツ撮りの依頼、くつろぐ客人も急遽アシスタントに徴用して新年も上へ下へと大騒ぎ。
旧年中に年賀状を出せず、早々に下さった方々、賀状が遅れますことをお詫び申し上げます。
登録:
投稿 (Atom)
















































